用事があって一人部屋に戻った時のこと。 客室棟の脇の空き地に、かわいらしい小さな消防車が止まっているのに気がついた。 そしてその近くには、防炎布の付いた黄色いヘルメットを被った男たちが5人ほど。 どうやら消防訓練の真っ最中らしい。
「右向けーっ、右!! 前向けーっ、前!! 足踏み止め、イッチニ!」
隊長の号令に合わせ、4人の隊員たちが、直立不動の体勢で横一列に整列している。 生真面目な顔をしているかと思いきや、うさぎが側で眺めているのに気づくと、笑いをかみ殺している隊員も。
「ハシゴ用意! ハシゴを延ばせ! 壁に掛けろ! それでよし!」
尚も隊長が号令を掛けると、その指示通り、隊員たちはハシゴに走り寄り、それを延ばして壁に立てかけた。
部屋で用事を済ませ、5分後にまた外に出てみると、早くも消防訓練は終わり、消防士さんたちは
ヘルメットを脱いで、消防車の脇に座って寛いでいた。
「写真を撮ってもいいかしら?」とうさぎが尋ねると、彼らは快く承諾し、
「ヘルメットを被っていただけない?」という要望にさえ応えて、写真に納まってくれた。
彼らは全員インド系、彫りの深い顔だちに、ひとなつこい笑みを浮かべていた。
フィジアン(生粋のフィジー人)のスタッフしかいなかったマナとは異なり、フィジアンリゾートでは インド系のスタッフの姿がよく目につく。 面白いのは、生粋のフィジアンとインド人が職種ごとに棲み分けていることで、 ルームメイドの殆どがフィジアンだし、ライフラインの点検・整備をしていたおにいさんたちは皆インド系だった。 レストランでも、料理人にはインド系が多く、給仕はフィジアンが多い。 こころなしか、技術を要する職種にはインド系が多く、 ゲストの目に触れやすい部分にはフィジアンが多いような気もする。
このリゾートでは、「ゲストと会ったら、笑顔で挨拶すること」という従業員教育が徹底しているのか、 廊下でスタッフとすれ違うと、必ず元気な声で「ブラ!」という挨拶が返ってきた。 この慣例は生粋のフィジアンもインド系も共通で、 生粋のフィジアンが自分たちの言葉で「ブラ」というのはともかく、 インド系のスタッフまでがゲストに合わせてフィジー語で「ブラ」と挨拶するのには、ありがたいような、 申し訳ないような気がした。
実はフィジーに来る前、フィジーにはヒンズー語を使うインド系の人々もたくさん住んでいると知って、
一応ヒンズー語の挨拶もメモしてきた。
「こんにちわ」にあたる「ラウラウ」や「ありがとう」にあたる「ダンニャワード」
は頭の隅にたたき込んでもきた。
けれど、インド系の人々がどこでも巧みな英語を操り、「ブラ」とフィジー語で挨拶するのにつられ、
こっちもつい「ブラ」と「ビナカ」で済ませてしまい、遂に「ラウラウ」は使わずじまいだった。
バイクツアーのときにこの国の子供が「コンニチワ!!」と挨拶してくれたときの嬉しさを思うと、 インド系の人には「ラウラウ」と挨拶すればよかったなあ、と悔やまれてならない。