うさぎの心配をよそに、バスは無事にタロフォフォ川河口近くの店に到着、ここでトイレ休憩となった。 この店は"Jeff's Pirates Cove"(ジェフの海賊の入江) という名で、 豊かな白髭を生やしたジェフ爺さんが切り盛りしているレストランである。
この店はみやげ物屋も併設しており、ここで1ドルのミネラルウォーターを買うと、
「ソング・オブ・ポロワット」という3ドルのビデオテープがオマケに付いてきた。
更に、この「ポロワット」ビデオとグアム島紹介ビデオのセット12ドルを10ドルに負けるというので買うと、
また「ポロワット」がもう一本オマケについてきた。
そんなわけで、気付いたときには、バッグの中は「ポロワット」ビデオだらけになっていた。
そういえば、バスの中にも誰かが置いていったこの「ポロワット」ビデオが転がっていたし。
このビデオ、きっと新しいリゾートアイランドのプロモーションビデオだろうと思ったが、 実際に鑑賞してみると、まさに題名の通り「ソング・オブ・ポロワット」であった。 ただ原住民がひたすら歌って踊っているという‥。 別に、この島を開発してリゾートを作ろうとか、それで観光客に宣伝をしようなどと思っているわけではないようだ。 ただひたすら「世界の民族探訪」的なビデオなのであった。
ジェフ爺さんの店には横井さんに関する写真コーナーがあった。
横井さんとは、太平洋戦争から27年間、
グアムでサバイバル生活を送った日本人兵士・横井庄一さんのことである。
なんでも、ジェフ爺さんは横井さんの友達だったのだそうだ。
「だった」と過去形で言うのは、横井さんがもう亡くなっているからだ。太平洋戦争はもう50年以上も前のこと。
横井さんがグアムで見つかったのも、うさぎが子供の頃だから、25年も前のことだ。
きっとその頃は、白髭のジェフ爺さんもまだ若かっただろう。
ところで、横井さんの人生を変えたその戦争を、ままりんは経験している。 うさぎにとっては世界史の一ページでしかない太平洋戦争も、ままりんにとっては自分自身の記憶の中にある。 うさぎは、ままりんがどんな表情で横井さんの写真を見ているのかが気になって横目で盗み見た。 ままりんはとくに表情を変えず、なにも言わずにそれを見ていた。 うさぎは、ままりんが戦争の頃のつらい出来事を思い出さなければいいなと思いながら、その横顔を見ていた。
考えてみれば、ままりんにとって、ここはかつての敵国。ジェフ爺さんは敵国人だった。
その敵国に観光に来て、敵の店で水を買う。それはけっこうすごいことかもしれない。
戦後に生まれたうさぎがグアムに来るのとは、全然意味が違う。
ままりんは戦争中、いくつもつらい思いをした。戦争で父親を失い、自分もB29の爆撃から逃げ惑った。
「戦争中ね、
それまでは時々しか飛んでこなかったB29が、
ある日を境に、毎晩飛んでくるようになったの。
そのときはただただ不思議だったけれど、今初めて分かったわ。
あれは、グアムが陥落したからだったんだわ‥」
横井さんの写真を見ながら、ままりんは淡々と言った。