Hongkong  香港

<<<   >>>

【 ピークタワーの出入口 】

ピークトラム

ピークトラムの降車口と展望台を繋いでいたのは、ピークタワーと呼ばれる塔だった。 展望台に行くのは簡単。 展望台であるからには上の方にあるのだろうと思い、エスカレータでひたすら上を目指したら着いた。

展望台から降りたあと、夜景が見られなった恨みを他のことで晴らそうと、 うさぎたちは塔内でいろんなことをした。 みやげ物屋を物色して歩き、夜景の絵葉書をたくさん買い込んでみたり、 こまごまとしたお土産を買ってみたり (1階下で19ドルで売っていたスプーンを、別の店で50ドルも出して買ってしまったのは失敗だった!)。 香港の夜景がバックになったプリクラをに撮ってみたり、 ダイアナ王妃の蝋人形と一緒に写真を撮ってみたり、 "龍髭糖"という名の、まさにそんな感じの珍しい菓子を買って食べたり。 バカみたいに値段の高い"ピークエクスプローラ"というアトラクションに乗り すぐに気分が悪くなって途中でリタイアしてみたり ‥まあ、いろんなことをやった。

そうやって2時間ほども塔内を歩き回っただろうか、 最初は広いように感じていた塔が、だんだん狭苦しく思えてきた。 さっきから同じところをグルグル回ってばかりのような気がする。 「そろそろ帰ろうか」と誰からともなく言い出し、うさぎたちはピークトラムの乗車口に戻ろうとした。

ところが。 一体自分たちがどこからこの塔に入ってきたのか、どうしても思い出せない。 たしか下の方の階だったはずなのだが、どうしてもその出入り口が見つからないのだ。 最初のうちはまだ半分みやげ物を物色しながらいいかげんに探していたが、 同じフロアを何度も何度も巡るうち、なんだか怖くなってきた。

「ちょっとやだ、あたしこういう映画、見たことある気がする。 来たときは簡単だったのに、帰り道はいくら探しても見つからない、っていう‥」 うさぎは言った。
「そんなことあるわけないでしょう」、とでも言うように、菜々子ちゃんは速い足取りで歩いてゆく。 でも、その顔にも焦りが見える‥ような気がする。

「分かった。ここから入ってきたんだわ」さんざ探した後、菜々子ちゃんがやっと出入り口を見つけて言った。
「そうだっけ。‥でも、入れないみたいよ」
「そうねえ、ここからは入れませんって書いてある」

「どうしよう〜! 閉じ込められちゃった〜っ!」と騒ぐうさぎを尻目に、 菜々子ちゃんはまたさっさと歩き出した。
「分かったわ。これは一方通行なのよ。今のは入口。出口はどこか別のところにあるはず」
「どこかってどこぉ〜?!」

入ってきたところは見つかった。でも出口は一体どこに?!
からくりが分かったからには、自分で探すよりも人に聞くほうが早い。 うさぎはインフォメーションセンターを見つけると、駆け寄り、 「ピークトラム乗り場へはどうやって行くのでしょう?」と尋ねた。 案内係のお兄ちゃんが突然ニタリと笑って、 「お客さん、"出口はない"んですよ、この塔には」 なんて言い出したらどうしよう、と内心ビクビクしながら。

けれど実際は、そんなオカルト的な展開になるはずもなく、 お兄さんの指差す方向にちゃんと出口があった。 それは普通の出口であった。

一体どうして今まで気づかなかったんだろう。 おそらくこれまで塔からの"出口"ではなく 自分が入ってきた塔への"入口"を探していたから見つからなかったのだろう。 インフォメーションセンターがあるのは4階で、その階から入ってきたはずはないという認識が、 出口の発見を邪魔していたのだ。

出口を出ると、これまた思いがけない展開が待っていた。 なんとそこは、外だったのだ! モウモウと立ち込める霧に迎えられ、またしても呆気にとられるうさぎ。 ‥ここって、外があったんだ〜。

いや、外があるなんてことは、とっくに知っていたはずだった。 ビクトリアピークには巨大なDFSギャレリアがあるとか、 ピークルックアウトという名のオシャレ〜なカフェがあるとか、 きっちり予習してきたはずではなかったか。 それどころか、"ピーク"(山頂)という名にも関わらず、ヴィクトリア山の山頂はここではなく、 ここから15分ほど登った別のところにあるとか、 人ごみを避けるのなら、その山道をほんの少し登ったところのほうがいいとか、 そりゃあもう天下のヴィクトリアピークに関するウンチクはバッチリだったはずだ。

ところが、夜景が霧に覆われて見えないという展開に見舞われた瞬間、 うさぎのこうした知識もその深い霧の中に沈んでしまったらしい。 だって弁解するならば、霧の夜の真っ暗な展望台からは、 すぐ近くにDFSだのオシャレなカフェだのがあるとはとても思えなかったんだもの。 そこにあるのは、踊り場のすぐ近くにある強力なライトが照らすわずか半径数メートルの世界だけで、 あとは全くの暗闇だった。 「ケーブルカーでエッチラオッチラ登っていく割には、山の上はえらく開けているのね」 といったヴィクトリアピークの印象は、あのなあんにも見えない展望台ですっかり変わってしまった。 このピークタワーという狭い塔以外、この山頂には何一つ、 いやもしかしたら世界には何一つ存在しないような、そんな気がしていた。

出口から出た外は、展望台に比べればまだ明るかった。少し霧も薄かったのかもしれない。 そこがどれくらいの広さで、ピークタワーの他にもいくつか建物があるようだということが、 おぼろげなその輪郭から分かった。

なんだ、こんな世界があったのか‥!
探索してみたい衝動に思わず駆られたが、霧の中の広い空間へと歩き出すのは、 とてもじゃないが、怖くて躊躇われた。

それにすでに時間切れ。 あとは山を降りてホテルに帰るしかない。

うさぎたちは出口の脇に書かれた「ピークトラム駅はこちら」という看板の指示に従い、 ピークタワーの外壁に沿って、霧の中をそろそろと歩いた。 ほんの十数歩しか離れていない駅にたどり着くのに、 その入口が見つからなかったらどうしよう、 誰かがこの霧の中で迷子になったらどうしようと、ヒヤヒヤしながら。 もしも駅が壁から離れたところにあったなら、たどり着けなかったかもしれない。

<<<   ――   2-10   ――   >>>
TOP    HOME