菜々子ちゃんとうさぎはよいコンビであったと思う。 うさぎが道に迷い、菜々子ちゃんが活路を開く。 今までうさぎは自分が方向音痴だと思ったことはなく、 きりんと歩いていて道に迷うのは、きりんの方向音痴のせいだとばかり思っていたが、 どうやらそうではないらしい。 菜々子ちゃんがいなかったら、一体どうなっていたことかと思うと、背筋が寒くなる。
けれど、菜々子ちゃんと一緒でよかったとうさぎが思うのは、 彼女が助けてくれたから、というより、一緒にいて楽しかったからだ。
好奇心がつい顔に出てしまううさぎに対し、 菜々子ちゃんは見た目、楚々とした美人である。 でも実は彼女はけっこうマニアックで好奇心旺盛で、ついでにうさぎ同様のメモ魔である。 涼しげな外見とは裏腹に、マインドは熱く、その外見と内面のギャップが可笑しい。 菜々子ちゃんとうさぎは、見た目はともかく、案外似たもの同士なのである。 どちらかが「ツー」と発すれば「カー」と通じる。
面白いのは子供たちのほうは、どちらかというとタイプが逆であったことで、 どちらかというと、内なる情熱が表情や言葉に出るのはくるみちゃんのほう、 わりと涼しい顔で様子見を決め込むのはチャアのほうであった。
友達同士でいく旅というのは初めてであったので、本当は内心、けんかをするのではないかとか、 そうした不安が全くないわけでもなかったが、おかげさまで杞憂に終わり、楽しい旅になった。
◆◆◆
ところで全く話は変わるが、 成田に戻ってきたとき、うさぎはまだ1300香港ドルもの大金を手元に残していた。 日本円にして2万円近くである。
どうやら両替しすぎたぞ、ということには旅の途中ですでに気づいていた。 積極的に使うか、残ったら残ったでいいやと思うか。 そこでちょっと悩み、結局、後者のスタンスで行くことにした。
その背景には、母が以前香港へ行った際、 残った10万円分の香港ドルの処理に困り、 帰りの空港で翡翠の指輪を買って使い切ったという逸話がある。 その話を聞いた時以来、自分はそういうお金の使い方をすまいと思っていたので、 母とは違う道を選んだのだ。
でも、成田に到着し、 1ドル15円で購入した香港ドルが、 日本円に戻すと11円にしかならないことを知ったときには、 香港ドルを残すという自分の判断が正しかったのかどうか、分からなくなった。 再両替は損だと聞いてはいたが、まさかここまでソンだとは‥!
日本で替えるよりはるかに良い現地のレートで替えたから、 そうソンはしないだろうとタカをくくっていた。 「その国の通貨はその国で買うほうが安い」という知識を生半可に持っていたせいで、 香港で日本円に替えることは検討すらしなかった。 でもどうやら違ったらしい。 日本にとってマイナーな通貨は、買うのも売るのもレートが悪いのだ。 まだ香港の空港で売ってきたほうがソンが少なかったはずだとあとから聞いて、悔しがったものだ。
再両替すると、約4000円の損が出る。 あの中華の名店「福臨門酒家」で支払った4人分の昼食代より高い。 それでも再両替するかどうか。 これも苦渋の選択であった。
2万4800円という激安ツアーで行って、 どうしてこんなところで4000円もの損を我慢できるだろうか。 うさぎは自分では決められず、家に電話して夫のきりんの指示をあおいだ。 そして、彼が「売りなさい」というので、両替の長い列に並んだ。 でも、列に並んでいる間、どうしても腑に落ちなくて、また家に電話した。 再度「売りなさい」という言葉が返ってきたが、それでも決心がつかず、 結局列から離脱し、両替せずに家に帰ってきた。
そんなわけで、今も余らせてきた1300ドルの香港ドルは手元にある。 香港から帰ってしばらく、毎日、香港ドルレートの数字とニラメッコしては、 少しでもよいレートで日本円に戻すチャンスをうかがっていたが、 そのチャンスもめぐってはこなかった。
無理にでも香港ドルを使い切ったほうがよかったのだろうか――
余った香港ドルの入っている引き出しを開けるたびに考える。 いや、もし何らかの形で使い切ってしまったとしたら、 こんなふうに両替しすぎの苦い経験として心に残らなかっただろうから、 これでよかったのだと思う。 4000円はその高い授業料だ。
尤も、その4000円の損を顕在化する道を選べなかったうさぎは、
まだまだ反省が足りない。
為替レートの変動によっては、
その授業料は5000円にも6000円にもなる可能性を秘めている。
「結局これは、"もう一度香港へ行け"という天の思し召しだろうか」と都合よく考えるところからして、
まだまだ反省が足りない。
けれど、あの霧のヴィクトリアピークを思い出すにつけ、 やはりもう一度、今度は晴れ間の多い季節にでも、香港へ行きたいと思うのだ。 また格安ツアーを見つけ、余らせた香港ドルを握り締めて。