旅行前から「ここだけは行く」と心に決めてきたレストランが一つある。 「馬酔木(あしび)バーベキューレストラン」。 高台にある小さなガゼボで、自分で肉や野菜を焼いて食べる店だ。
車がレストランに到着すると、超ミニスカートをはいた足のきれいなお姉さんが出迎えにやってきた。 一目でフィリピーナと分かる、目鼻立ちがくっきりした美人である。 お姉さんはカタコトの日本語で「コンニチハ。イラッシャイマセ」と言い、 ガゼボの一つにうさぎたちを案内した。
「何になさいますか」とお姉さんが言うので、 「何があるの?」と尋ねると、20ドルのバーベキューと15ドルのバーベキューがあるという。 選択肢はそれだけ。とてもシンプル。 フルーツがつくというので、うさぎたちは20ドルのほうを3人分、頼むことにした。
まだ5時半なので、辺りはまだ明るい。 考えてみたら、今日はお昼を食べていない。 「お腹? 別に。全然空いていない」となぜか言い切るきりんとネネ、 「お腹が空いてもう死にそう〜!」と言ううさぎとチャア。 ああ、本当に、おなかが空いた。 早くこないかなー‥。
しばらくすると、お姉さんがガゼボの近くまで炭火の台を持ってきた。 さあいよいよ食事か!と腹ペコうさぎは期待したが、 お姉さんは炭に紙をくべて火をつけるとまた本館へと戻って行ってしまった。 どうやら炭火というのは、火をつけたらすぐに野菜や肉を焼けるというものではないらしい。
とっぷり日が暮れた頃、やっと炭火の台はガゼボのテーブルの上に設置され、
食材が運ばれてきた。
黒塗りの大きな和風のお弁当箱に、牛肉・鶏肉、イカやエビや貝、それに野菜が溢れんばかり!
「こ‥こんなに食べきれるのか?」ときりん。
「大丈夫。あたしすごくおなかが空いているから」とチャア。
チャアは、肉が焼きあがるそばからどんどん口に放り込んだ。
ものすごい勢いで、食べる食べる‥!
ところが、いくらもたたぬうちに、
「あー食べた〜! ごちそうさま」。
「エッ!!」思わず叫ぶうさぎ。
「ちょっとアンタ、まだたいして食べていないじゃないの。これで終わりってことはないわよね」
「ううん、もうおなかいっぱい。けっこう食べたよ」と箸を置くチャア。
けっこう食べた? これのどこが? まだお弁当箱の中の肉や野菜は大して減っているように見えないんですけど。 ‥っていうかこの未調理弁当、肉だけでも一人前500グラムはあるような?? ちょっとやそっと食べても、全然減ったような気がしない。
担当のお姉さんは、調味料やら味噌汁を持って、ときどきガゼボにやってきた。 「オイシイ?」と笑顔で尋ねる。 「オイシイ!」と笑顔で答える。 ネネやチャアに向かって、「何歳? カワイイねー」と言うが、 そういうあなたこそ、とってもカワイイ。 歳を尋ねると、まだ21歳なのだそうだ。
「パラオにいついらしたの?」と尋ねると、 「7ヶ月前」と彼女は答えた。 出身はセブと聞き、ますます親近感が募った。 「じゃあ、セブアーノ語も話せる?」と尋ねると、お姉さんは恥ずかしそうに頷いた。 そうか、しまったな、セブアーノ語の挨拶くらい覚えておくんだった。
となりのガゼボでは、お姉さんたちが仕事の打ち合わせ兼ムダ話に話を咲かせている。 揃いもそろってフィリピーナ、揃いも揃ってみな美人。 でも、うちの担当のお姉さんは、その中でも一番きれいで一番愛想がいい、と思う。 すでに身びいきモードだ。
景色を見ながら屋外で食べる食事はおいしい。 自分で作りながら食べる食事も、これまたおいしい。 美人が近くにいると、ますますおいしい。 3分の2くらい食べたところで、みなのお腹はパンパンになり、 あとは焼くだけ焼いて、ホテルに持ち帰ることにした。 お姉さんがホイルを用意して包んでくれた。
外はもう真っ暗。 お姉さんが「車を呼びましょうか?」と言ってくれたが、断った。 こんなはちきれそうなおなかで車に乗ったら気分が悪くなってしまう。 「歩いて帰ります」と言うと、お姉さんは心配そうな顔つきになった。 なに、キャロラインリゾートまではほんの7、8分のはず。 「クルマ、タダよ」というお姉さんに、「大丈夫、大丈夫」と笑って別れを告げた。
ところが。 あんまり大丈夫でもなかった。 道を歩き始めると、大きな犬があとをついてきたからだ。 骨ばった肩を上げ下げしながら、とっとことっとこついてきた。
「犬がいるよ、怖い」と子どもたち。
「大丈夫。いい子じゃないの。首輪をしてるから、野犬じゃないな。
きっとお使いなんじゃない? それとも夜のお散歩かな?」うさぎは努めて明るく言ってみた。
でも本当は、うさぎだって怖かった。 日本では犬がひとりで歩いていたりはしないから。 いいボディーガードだと前向きに考えようとしたけど、ダメ、やっぱり怖い。 狂犬病の予防接種はしてあるだろうか、頭の中はそればっかり。 いざとなったらこれを放り投げて逃げるしかないと、 ホイルの包みを持つ手に思わず力が入る。
けれども、そのうちワンちゃんは行ってしまった。 道が分かれたところで、別の道へ。
疑りぶかい人間でゴメンなさい。 君は良い犬だったんだね。