朝。きりんとうさぎは朝食を買出しに行くことにした。
外は雨が降っていたけれど、大丈夫。折りたたみ傘を日本から持ってきた。
ANAホテルからほんの少し坂道を下ると、タングリン通りにつきあたる。 その通りの向こう側には「タングリンモール」というショッピングセンターがあり、 うさぎたちはその地下の大型の食料品スーパーで朝食材料を物色することにした。
スーパーでまず目についたのは、おびただしい種類の果物だった。 りんご、オレンジ、グレープフツーツ、洋ナシ、ラズベリー、ダークチェリー、イチゴ、 ブルーベリー、すいか、パイナップル、ジャックフルーツ、マンゴー、キウイ、アボカド、 ドラゴンフルーツ、ロンガン、プラム、アンズ、マスカット、マンゴスチン‥。 珍しいのやら、そうでないのやら、とにかく思いつくかぎりの果物がたいていある。 唯一なかったのはドリアンぐらい。 今はちょうど旬真っ盛りのはずだが、その強烈な匂いゆえ置けなかったのだろうか。
果物のラインナップにはさすが常夏の国だと感じ入ったけれど、 他の売り場は、欧米諸国のスーパーとさして変わらなかった。 ジュース類や乳製品の豊富さや、ばかでかいスナックも、 英語圏でおなじみのアイテムである。 それもそのはず、売り場にいるお客さんは西洋人ばかり。 どうやらここは海外駐在員御用達のスーパーらしい。
クラッカー、マンゴスチン、スナックなどを買ってレジを出ると、
柱に不用品情報コーナーが作ってあるのを見つけた。
どんなものが出てるんだろう?
興味をそそられ、貼ってあるメモに見入った。
ダイニングの家具、バイク‥。大きなものが多い。
価格も1000ドル(7万円)以上が当たり前。ガレージセールの広告も散見された。
何十枚もあるメモを一つ一つしげしげ観察していると、
となりに立っていた西洋人の男性が話し掛けてきた。
「こういうのに興味がおありですか?」と。
やわらかいものごし、聞き取り易い英語。
年の頃は30代前半の、育ちの良さそうな紳士だ。
「ええ、とても興味を惹かれます」と答えると、
「この街にはいらしたばかりですか?」と紳士。
「はい、日本から来ました」
「日本にもこういう掲示板はありますか?」
「ええ、ありますよ。でも、こんなに大きなものはあまり出ません。
子供の衣類や、家具ならせいぜいベビーベッドくらいですね」
「なるほど。ベビーベッドはすぐに必要なくなりますからね。
どうして大きなものが出るかというと、この街には海外からの駐在員が多いからですよ。
みなせいぜい5年しかこの街にいませんから、
本国に帰るときには家財道具を売っていかなくてはならない。
それでこういうものが出るんですね」
「ああ、なるほどね。‥あなたはどちらからいらしたのですか?」
「イギリスです」
なるほど。この折り目正しい英語はやはりイギリス人のものであったか。
きりんが買い物を袋に詰め終わったようなので、「あら、もう行かなくちゃ」と言うと、
「ではシンガポールでの暮らしを楽しんでくださいね」と英国紳士は言った。
サンキューと挨拶しつつ、内心うさぎは苦笑した。
どうやらこの界隈は駐在員の住まいが多いらしい。
きっと彼は、うさぎたちも駐在員だと思ったのだろう。
だけどうさぎたちはツーリスト。暮らしを楽しむ間などあらばこそ。
明日はもう日本に帰るのだから‥。