3時頃、さすがにこれ以上プールに浸かっているとカゼをひくと思い、
「次のシャトルボートが来たら帰るよ」と子供たちに言った。
ところが、「あ、ボートが来た」と慌てた拍子に、うさぎは何かにつまずき、左足の親指の爪を半分はがしてしまった。
ジンジン痛い。
うさぎの場合、こうした怪我をすると、実際にうけた身体的ダメージよりも精神的なショックのほうが大きい。 そんな時に効くのは、ダイジョーブ、ダイジョーブと自分に暗示をかけながら、 キズ口に赤チンを塗ってバンドエイドを貼ることだ。
そんなわけで、アラマンダに帰り着いてうさぎが最初にしたことといえば、
「怪我をしたので、キズ薬を貸してはもらえまいか」とフロントで尋ねることだった。
ところが。ここにはそのようなものはないという。そして、
「怪我をしたならばバンヤンツリーにあるクリニックへ行ってみては」と言われてしまった。
中華系のフロント係(以下「中国人」と呼ぶ) は妙に面倒見が良く、軽い気持ちで尋ねたのが、
医者にかかる大げさなことになってしまった。
水着のままだったので、一度部屋に戻って着替え、皆でクリニックへ行くことにした。 中国人もフロントにいて、クリニックまで付いてきてくれた。
クリニックはバンヤンツリーの地下の、薄暗い場所にあった。
そこには知的美人の若い看護婦さんがいて、うさぎのキズにヨードチンキを塗り、ガーゼを巻いてくれた。
看護婦さんは英語ができなかったので、中国人が通訳をかってでてくれた。
うさぎはあとでまた自分でつけられるように消毒薬が欲しかったのだが、英語でうまくそれを伝えられず、
気がついたら飲み薬を貰っていた。中国人が、それは化膿止めと痛み止めだと、うさぎに説明した。
たかが足の爪がちょっと剥がれたくらいで医者にかかり、化膿止めや痛み止めをもらうとは、
随分おおごとになってしまったものだ。
うさぎが痛み止めを欲しがったと勘違いをしている中国人は、さぞかしキズが痛むのであろうと、
後々まで大いに同情してくれた。
人間、人に同情されると引っ込みがつかなくなるもので、それ以来、フロントを通るときには、
軽く足を引きずってみせる羽目になったうさぎであった‥。