成田まで直行便のはずのTG640便は、またしてもバンコクに立ち寄った。
行きも帰りも一旦バンコクで降りるのに、一体これをどうして「直行便」と呼ぶのだろう。
おまけにバンコクではターミナルビルに飛行機が横付けされない。
わざわざタラップを降りてバスでターミナルまで行かなくてはならないのだ。
うさぎたちは荷物を全て機内に持ち込む主義なので、こういった移動は大変だ。
おまけに今日は、荷物持ちの貴重な戦力であったはずのネネが荷物そのものと化しているし‥。
ま、免税店を物色できるのだから、バンコクも悪くはないが。
さて、ターミナルの入口までバスで行き、そこからエスカレーターを登ったところまでは良かった。
だが、そこからどうしてよいものやら分からない。
行きの便のバンコクでの乗換え要領はJTBの日程表に書いてあったから不安はなかったが、
帰りに関しては、バンコクで降ろされることすら書いてないのだ。
他の乗客は確信ありげな足取りで長い廊下を右へ右へと歩いていく。
だがうさぎは、彼らを追っていって良いものなのかどうか、思案に暮れた。
TG640便は成田行きなのだから、バンコクで他の飛行機に乗り換える人よりも、
そのまま成田へ行く人の方が多いだろうとは思う。
けれど、付いて行ったら全然違う国へ行く団体さんとかだった、なんていう展開もあり得なくはない。
台湾の人たちなんて、日本人と見分けがつかないもの。
さあ、困った。病気の子を抱えて機敏には動けないというのに‥。
やや不安になってきた時、近くにもう一組、不安そうな顔でぼーっとしている人たちがいることに気がついた。
若いカップルで、言葉を発しないので日本人と特定はできないが、たぶん日本人。
やはり〔ここからどうしたらいいのかな‥〕といった途方に暮れた表情で、
天井から吊られた電光掲示板を眺めている。
彼らにつられて、うさぎも電光掲示板を眺めてみた。飛行機の発着時間がずらずらと表示されている。
だが、どういうわけだかTG640便の表示はない。
「どうしてないんだろう?」というきりんに
「まだ出発まで時間があるからじゃあないの?」と言ってみたが、うさぎも内心不安である。
そのうち若いカップルは、やはり右へ行くことにしたようだ。そして、近くのドアに入っていった。
しばらく待ってみたが出てこない
――ということは、きっとうまくいったんだな。
彼らが入ったドアの中に、うさぎも入ってみることにした。と、そこには窓口がズラッと並んでいた。
その一つに、カップルはいた。そしてまた歩きだした。
〔おっ、これは行けそうだぞ!〕、うさぎは思い、別の窓口に行き、搭乗券を出してみた。
すると、タイ人のおばさんが、搭乗券に、時間と番号を書き込んでくれた。「10:40A」と。
おっ、こういうのは見たことあるぞ。行きの時と同じで、10時40分までに2番ゲートに行けばいいのだな。
ところで、その2番ゲートというのはどこにあるのだろう。
「どっちへ行けばいいの?」とつたない英語でうさぎが尋ねると、
おばさんは黙ってエスカレーターの上の方を指さした。
うさぎは他の3人の所へもどり、誘導した。そしてエスカレーターを登ってビックリ! そこは免税店の立ち並ぶ、何とも賑やかで、そして広大なフロアだったのである。 下の、イミグレーションカウンターがひっそりと並ぶ、狭くて長い事務的な廊下とは別天地。 だが、これだけ免税店があるということは、ここが紛れもなく国際線の出発ゲートのフロアだということだ。 ネネとチャアをソファーで待たせ、きりんとうさぎは免税店をしばし見て回ることにした。
それは本当に「しばし」だった。ほんの20分も見ただろうか。 10時を過ぎると二人とも落ちつかなくなり、10時10分にはゲートを探しに歩き始めた。何事も余裕が肝心だ。
ゲートに着いたのは10時20分頃だった。ボディチェックの行列で10分かかったのだ。
ここは行きにプーケット行きの飛行機へのバスを待ったのと同じ場所だ。
さして広くもないスペースに、ゲートが6〜7つばかり並んでいる。‥本当にここでいいのだろうか。
うさぎは不安になった。
やけにゲートの数が少ないし、国内に飛ぶ飛行機と同じゲートというのがどうも府に落ちなかったのだ。
まあいいや。ここは慌てずに2番ゲートまで行って、行き先表示を見てみよう。
ところが、ここで慌てる事態となった。 というのは、この表示の行き先が、"Katsumandu"になっていたからである!! カトマンズ‥? そりゃ一体どこの国だっけ? インド‥?! (後にネパールであることが判明)
ナゼっっ?! ここが2番ゲートじゃあないの?
それとも窓口のおばさんが書いてくれた「A」というメモが間違っているの?
うさぎは荷物を置き、きりんたちを待たせて、ゲートの係員のところへ走って行った。
そして係のお姉さんに搭乗券を見せた。
すると、お姉さんは言った。
「そこの椅子に座って待ってて」。
そうかな‥やっぱりここでいいのかな? 本当かな‥?
何しろお姉さんたち、あんまり英語が通じない。
細かいことをごちゃごちゃ言ってみたが、"Stay there"(そこで待ってて)と言うばかり。
しかたなく、一度は席についてはみたものの、ど〜も落ちつかない。
周りの人はほとんどが東洋人で、日本人ぽい人もたくさんいる。そのうちの一人に、
「すみません。成田へ行かれますか?」と日本語で話しかけると、怪訝そうな顔をされてしまった。
"Do you go to Narita?"(成田へ行かれますか?)
と英語に切り換えると言下に"No, Katsumandu"(いいや。カトマンズだよ)と、
掲示板を指さしながら言われてしまった。
さあ、この会話を聞いたら、それまで落ち着いていたきりんもにわかに不安になってきたらしい。
日本人らしき風貌の人を捕まえては、"To Narita?"(成田へ行かれるんですよねえ?)と聞きまくった。
が、どの人もみな日本人ではなく、一様に"No"(いいえ)と言うのだった。
そういえばターバン姿 (!!) がやたらと目につく。一体どうなってるの〜?!
‥こうしている間にも時間は刻一刻と過ぎてゆく。‥そうだ、電光掲示板、電光掲示板を確認しなくては‥!
ところが。電光掲示板にも相変わらずTG640便の表示はなかった。もっと遅い出発時間の便が並んでいるのに‥。
やっぱり変‥!! 絶対、ヘン‥!!
うさぎは別のデスクにとんでゆき、ここでも搭乗券を見せた。するとやはり「2番ゲートで待て」。
「だって、タイ航空640便の表示があそこにはないじゃない! ホントォォ〜〜に、ここでいいのっ?」
とうさぎは早口でまくしたてた。英語でまくしたてられるなんて、自分でもびっくりした。
火事場の馬鹿力、というやつだ。
だが、係員はそっけなく、"Wait there" (そこで待ってて)と言い、それっきり取り合ってくれなかった。
うさぎはまたまた別のデスクへすっとんで行き、また同じことを聞いた。 うさぎは半泣きなのに,係の人はすました顔で「2番ゲートはあそこだ」と言うだけ。もううさぎは大パニック!!
本当に2番ゲートでいいの? 本当に?
だってもう15分前なのに、誰もいないなんて、変!!
もしかしてもうバスは出ちゃったんだろうか‥?
こんなんで日本に帰れるの?
バンコクの日本人大使館ってどこにあるんだろう?
バンコクのホテルって予約なしでも泊まれるんだろうか?
頭の中がぐちゃぐちゃになりながら、それでも何とか落ちつこうとしてみる。
すると。そこに若い女性の3人組が歩いてきた。日本人のOL? うさぎは駆け寄って
「すいません! 日本の方ですか?!」と話しかけた。
「そーですけど」という日本語にひとまずうさぎは安心し、
「TG640便で成田へ帰られますか?」と尋ねた。
「ええ」とOLさんたち。
うさぎはこれを聞いた途端、体が崩れそうになった。
「あー、よかったー、ここナゼか誰もいないもんで‥。ここで待っていればいいんですか?」
「ええ、ここで待っていればそのうちバスが来て、飛行機まで連行されちゃうのかなー、と」と、
素朴系OLの3人組は言う。
「でももう、10時40分まで15分しかないですよね。何で誰もいないのかしら??」
「えっ、ちょっと見せて。‥10時40分? 11時40分じゃあなかったっけぇ?」
「えっ? えっ?? そうなんですか? じゃあと一時間ある‥?」
「んー、よく覚えていないけど、‥だったよ〜な」
「そうですか、ありがとうございました!!」
うさぎが行きかけると、
「あれっ? いま席が56Dって書いてあった? 隣りだ、席」とOLさんたち。
確かに、互いの搭乗券を確かめてみると、となりの席だった。ああよかった。
そにかくこの人たちにくっついていれば、大丈夫だ。
"10:25 Katsumandu"の表示は、25分が過ぎても、また40分を過ぎても変わらず、 その後いったん"Narita"に変わったものの、また"Katsumandu"に戻った。 一体どうなっているのかは分からないが、OLさんたちが来てから、うさぎはやっと落ちつくことができた。 カトマンズへ行くターバン姿の人たちがにわかにはけて、徐々に日本人らしき人の姿も増えてきた。
あー、もう、一体何だったんだろう?
うさぎは気が抜けると同時に、この10時40分と書いた係のおばさんを恨んだ。
このおばさんがきっと搭乗券に書く時間を間違えたのだと思ったからだ。
まだ早い時刻に間違えられたからいいようなものの、遅い時刻だったら、大変である。
尤も、おばさんは「この人はトロそうだから」と考えて、
ちょっと余裕をみた時間を書いてくれたのかもしれない。
また、なぜ電光掲示板にTG640便の表示がなかったのかが今もって分からない。全てはナゾである。