行きの飛行機は長く、果てしないように思えたが、帰りは比較的ラクだった。 機内食の後、映画を見てしばらくすると、飛行機はもう日本の上空を飛んでいた。 いま地図上ではどこを、 どれくらいの高度・スピードでどういう向きに飛んでいるかがスクリーンに映し出されるのもいい退屈しのぎになる。
日本の領空内に入ると、日本語のアナウンスの入る回数が増えた。マイクを握っているのは、ちびまる子ちゃんだ。
気さくな彼女も、マイクを握った途端、声がよそいきに変わる。
「ただいま日本上空、沖縄付近を通過中でございます」なんてすました声で言うのが可笑しくて、
次のアナウンスはいつ入るかと、心待ちにした。
マルちゃんは、相変わらず、時々OLさんたちのところへやってきては話し込んでいった。 まるでフツーの若い女の子だ。 チャアにおそばを食べさせてくれた美人のスチュワーデスさんの方は、 OLさんたちと一緒に写真を撮っていてもどこか凛としていて、決してスチュワーデスらしさを崩さないのだが。
成田に近づくと、マルちゃんがマイクで言った。
「地上からの報告によりますと、本日、成田地方の天候は雨でございます」と。
うさぎは雨の日に駅前でタクシーを待つ行列を思い浮かべ、うんざりした。
それに雨は、飛行機の着陸にとって良かろうはずもない。
心配していたとおり、しばらくすると、飛行機は風に翻弄されて右に、左に、大きく揺れ始めた。
あと30分で到着という頃になると、飛行機はますます激しく揺れ、
まるで風の中の木の葉のように風に弄られては、フッと高度を落とすのだった。その度に、うさぎは
「落ちるのでは‥!」と、肝を冷やした。
この頃からネネがぐずぐずと泣きはじめ、頭が痛いと言いだした。
うさぎは座薬を取り出し、ネネの下半身を毛布で隠しながら手さぐりで入れた。
また、チャアも酔ってしまったらしく、気持ちがわるいと言いだした。
うさぎはネネの隣り、きりんはチャアの隣りに座って励ました。
しばらくして、飛行機は無事着陸し、走りはじめた。 が、まだチャアは気分が悪そうだ。むしろ、車輪で走行するときの揺れは却って始末に負えない。
着陸してからターミナルに横付けされるまでの15分間、 うさぎはどうやって子供たち二人を飛行機の外へ運び出そうかと思案していた。 何しろ荷物は全て機内に持ち込んでしまったので、すごい量だ。 とても荷物を持った上に子供を抱いては行かれない。 第一、通路の幅が狭いので、荷物を持って出るのでさえあっちにひっかかりこっちにひっかかりして一苦労である。
うさぎはまず、荷物だけをさきに機外へ運び出してしまうことにした。 うさぎは全ての荷物を持ち、飛行機の外に置いてくると、また子供たちのところに戻った。 そしてきりんとひとりづつ子供を抱っこして、機外に出た。
うさぎの胸には、生花のコサージュが付けてあった。
うさぎはその花を潰さないように注意を払いながら、荷物を持ち、子供を抱いた。
これは機内で貰ったものだ。タイ航空では、女性一人一人に蘭のコサージュをプレゼントしてくれるのである。
行きの飛行機ではなぜだか貰えなかったので、帰りの便で貰ったときには嬉しさもひとしおだった。
それで、うさぎは邪魔になると知っていても、この花を機内に残してくることなどできなかったのだ。
さて、やっと飛行機は降りた。だが、ここからがまた一苦労である。 ここはサテライトで、本館まではモノレールに乗らなくてはならない。
この山のような荷物と子供たちを抱えて入国審査や税関を通り、
JRの駅までどうやってたどり着こうかと頭を抱えていると、意外にも、チャアが平気な顔で歩き始めた。
これには本当に救われた。うさぎは感動して、
「ごめんね、ごめんね。本当にアンタはいい子だね」と言いながら、チャアの頭をなぜた。
あとできりんに聞いたところでは、飛行機の中で、最後の最後にチャアはもどしてしまったのだそうだ。
けれどどうやらそれが良かったらしい。チャアはすっかり元気を取り戻したのだった。
さて、赤い顔をしたネネをきりんが抱き、うさぎが荷物を持って入国審査と税関を通り抜けた。 どちらもほとんど通過するだけで、あっという間に済んだ。税関の前でキャリアカーも手に入れ、ラクになった。
うさぎたちは第二ターミナル駅から電車に乗り、無事席も4人分確保した。 あとは2時間以上、ここに座っていればいいだけだ。 自宅の最寄り駅まで乗り換えなし、何の心配もない。ありがたいことだ。
電車が地上に出ると、やはり外は雨だった。寒そうな雨。ああ、私たちの国の景色はこんなにもさみしい。 あの花の咲き乱れる南の国は、今は遠い‥。
電車のここちよい振動で、ネネはきりんに抱かれたままぐっすりと眠ってしまった。 チャアも程なく眠り、きりんとうさぎも眠った。
ふと目を覚ますと、窓の外は見慣れた景色だった。 ネネの額に手をあてると、空港では全く下がっていなかった熱が、今やすっかり下がっていた。
熱が退いたネネはすっかり元気を取り戻し、電車を降りると歩いてくれた。
家に帰り着くと、家は、初めて越してきたあの新築時のよそよそしい匂いで迎えてくれた。
数日留守にすると、いつもこの匂いがする。
ああ、やっと家に帰ってきた。4人ともみな部屋に倒れこんだ。今はただ、眠りたかった。