翌朝のこと、メアリーが貸してくれた携帯電話のベルが鳴り、 「これからマムをひろってそちらに向かうから」というステラの声が聞こえたかと思うと、 その15分後に、彼らの車がレブロンハウスにやってきた。 ステラはまた新たに作ったとみえる大きな地図を広げ、本日のドライブコースを説明しはじめた。 今日はこれからモール・オブ・アメリカに行くのだ。
「モール・オブ・アメリカ」。 それは、 空港からミネアポリスに向かうハイウェイの途中、ブルーミントンという街にある、 全米一大きなショッピングモールである。 ミネソタに新たに誕生したモノレールはこの「モールオブアメリカ」が始発であり、 空港を経由してミネアポリスに向かう。 "mall of America"(アメリカのモール)というそのものズバリな名前もすごいが、 「全米一」という規模の大きさは ショッピングモールを観光名所にし、モノレールを整備させる力を持っているというわけだ。
全体、アメリカ人にとって「全米一」というのは「世界一」とほとんど同義語である。 そこはミネソタの民が誇りにするこの州随一の見どころらしく、 マムも昨晩、嬉々としてこう言ったものだ。 「明日はモールオブアメリカに行きましょうね!」と。 うさぎたちにしても、そんな話のタネになりそうな場所へ行くのにやぶさかではない。 喜んで案内してもらうことになったのだ。
さて、ステラの車のあとをついてミネアポリスを抜け、空港へと向かう昨日の道をしばらく逆に辿って ちょっと右に入ったところ、そこがモールオブアメリカの広大な駐車場であった。
「障害者が乗っています」というカードを掲げたステラの車は、障害者マークのついた モールの正面入口に最も近い駐車エリアに滑り込んだ。 ところが。
「ダメだ、ダメだ、ここに止めるな!」 管理人と思しき男がぶっきらぼうに怒鳴った。 マムは自分の障害者カードに男の注意を促した。 ‥が、男はなおも怒鳴った。 「ダメダメ! あっちに止めろ。分かったか!」
なぜそこに止めてはならないのかが、どうも不明瞭だ。 チップをよこせとでもいうのだろうか。
ステラはおとなしく引き下がると車をバックさせ、通常のパークエリアに止めなおした。 足に重い補助器具をつけたマムはそこから歩いてモールに入るハメになった。 マムは苦労して車の外に下りると、重い補助具のついた両足で駐車場にたち、それから一歩一歩歩き始めた。 今日は暑い。 アスファルト敷きの駐車場の上は焼けつくような暑さだ。 一足歩くごとにマムの額から汗がふきだした。
「ここでは車椅子が借りられるのでしょう? 受付に行ってとってきましょうか?」 うさぎは尋ねた。 ステラは首を横に振った。 「ええ、でも駐車場には持ち出せないの」
さっきの男の脇を通り過ぎると、マムはうさぎを引き寄せ、首を振り降り小声でつぶやいた。 「アメリカの労働者はあまりタチが良くなくてね‥」
"labors"(労働者)という言葉は、階級社会の香りがする。 本当の弱者は、あの男のせいで額に汗をたくさんかきつつ 苦労して苦労して一歩一歩足を前に出しているマムではなく、 あそこにふんぞり返って立っているあの男のほうかもしれない――。
やっとの思いで建物の中に入ると、そこはひんやりとして快適だった。 車椅子に収まると、ようやくマムの顔にも笑顔が戻った。 マムは「我がモールオブアメリカを見よ」と言わんばかりに得意げで上機嫌だった。 「ここへはよくいらっしゃるの?」とうさぎがさっきの困難を思い出しつつ尋ねると、マムは言った。 「そうねえ、前に1度来たわ」
まずは「モールオブアメリカ」のテーマの一つにして、うさぎの趣味である「レゴ」を物色、 日本で未発売の色やパーツをバケツいっぱい手に入れ、遊園地へと抜けた。 モールオブアメリカにはなんと、遊園地まであるのだ。 それはスヌーピーのテーマパークなのだそうで、 高いガラスの天井の下で、ジェットコースターの線路がとぐろを巻き、観覧車がゆっくりと回っていた。
モールオブアメリカにあるのは遊園地だけではない。 地下には水族館があるのだった。 うさぎたちはマグロやエイが回遊する擬似海中トンネルの中を、車椅子のマムを先頭に練り歩いた。
さてお次は、「ミネソタグッズの店」である。
マムのこだわりは、ここで皆に一枚づつミネソタTシャツを買ってくれることで、
4人はそれぞれ、マムに似合う色を選んでもらった。
「ウサギ、あなたにはブルーよりも絶対ピンクですよ。
チャアはそうそう、オレンジがいいわね。
キリン、そのカーキはとてもよく似合うわ。
ネネはブルーが似合うわね‥」
うさぎはびっくりした。
たぶん、自分で選んだとしても、みなその色を選んでいたはずだ。
どんな色が似合うか似合わないかという色彩感覚はアメリカも日本も同じなのかしらん?
うさぎたちは、Tシャツのほかにも、
ミネソタマグネットやらミネソタスプーン、ミネソタキーホルダーにミネソタトランプと、
ミネソタグッズを一通り買ってその店を後にした。
フードコートで簡単に食事を終えたあと、さてそろそろ帰ろうとすると、
入口にはなかなか戻れなかった。
「あら、入口までずいぶん歩くわね」と驚くと、ステラが言った。
「ええ、そうよ。だってこのモールオブアメリカは、全部歩くと4キロメートルにもなるのよ!」
なんだか彼女も誇らしげだ。
「あなたはここへよく来るの?」とうら若きステラに尋ねると、彼女は答えた。
「ええ、友達とよくここで待ち合わせをしたりするわ」
「服もここで買うの?」と尋ねると、彼女は笑った。
「いいえ。だって、高いんですもの。
ミネアポリスの街中のほうが安いから、ここではあまり買わないの」
「ははあ、"見るだけ"?」
「そう、"見るだけ"」。
2人は顔を見合わせて笑った。
「モールオブアメリカ」は、ミネソタを訪れた人が必ず訪れるべき重要スポットである。
うさぎたちは後々、会う人ごとに「モール・オブ・アメリカにはもう行った?」と尋ねられた。
そのたびにうさぎは、「イエス、オフコース!」と答えた。
すると「どうだった?」と必ず感想を求められる。
その問いには決まって「そりゃあもう、すごかったわ!」と答えた。
するとミネソタの皆さんは決まって「そうだろう、そうだろう」という顔で満足げに頷くのであった。