ギィー、ギィー、ギィー‥。
遠くから規則的に聞こえる音が、だんだん近づいてきて、うさぎはハッと目覚めた。 ここはどこ?
目だけ動かしてあたりの様子を窺うと、そこはマムの部屋だった。 規則的に心地よい音を立てているのは、もちろん、マムが揺らす揺り椅子がきしむ音だった。 あれ、今何時?
起きぬけのろれつが回らない口で「ワッタイム?」と尋ねたつもりだったが、 マムにはうさぎが何を言っているのか分からないようだ。 うさぎは時計を探した。 最初に壁、次にソファ脇のテーブルの上、そしてグランドピアノの上に目を走らせる。 でも時計は見当たらない。 そこでうさぎは自分のズボンのポケットを探った。 あったあった。腕時計があった。 えーと、6時過ぎだ。
‥そうか、6時かあ、と回らない頭で考えてみる。‥6時。6時っていうと‥?
‥ちょっと待った。6時?! さっきお昼を食べに行ったばかりなのに?! 6時っていったらそろそろ夕食の時間ではないか! ‥ということは、少なくともたっぷり2時間半は眠っていたことになる。 体の不自由なマムを揺り椅子に座らせたまま、ベッドやソファーを占領して。
「起きて起きて! 大変! もう6時よ!」とうさぎは皆を起こしにかかった。 最後に寝たうさぎが2時間半眠っていたということは、皆は3時間半くらい眠っていたことになる。 その間マムはずっと揺り椅子に座りっ放しだったのだろうか。
「アイムソーリー!」 半分しか回っていない頭でうさぎはマムに詫びた。 マムは、ヘンな顔をしてうさぎを見た。 ‥ああ、言いたいことが全然伝わっていない。 えーと、 「ベッドやソファーを3時間も占領してしまってごめんなさい」って英語でどういうの? 全然考えられない。
マムは混乱しているうさぎに言った。
「メアリーに電話をしましょう。これからメアリーの家で夕食を食べるの。いいでしょう?」
◆◆◆
それからどうやってマムの家からメアリーの家まで行ったのかは、全然覚えていない。 誰が迎えに来てくれたのか、車にどう分乗していったのかも。 とにかく、車で行ったことだけは確かで、 アメリカで「スープの冷めない距離」というのは、「歩いて5分」ではなく、 「車で5分」なんだな、と思った覚えがある。
メアリーの家は、新しくて大きな家が居並ぶ一角にあった。 まるでアメリカのホームドラマみたい! 車2台分の大きな車庫、広々とした芝生の庭、 木製の大きなドア、ふかふかのカーペットを敷き詰められた広い広いリビングルーム‥、 四人はおもわずため息をもらした。
まるでショールームにあるようなキッチンでは、一日中仕事をして帰ってきたはずのメアリーが、疲れた顔もみせず、夕食の準備をしていた。 もう夜の7時だというのに昼間のように明るい空の下、バーベキュー用のグリルで焼いた肉をステラが持ってきた。 「さあどうぞ。何でもお好きなものを召し上がれ」と言って、シンディが大きな皿を渡してくれる。 皆はそこに、大きなダークチェリーや、爽やかな香りのするサラダやら、 信じられないくらいぶあついステーキやらを思い思いにとりわけた。 アメリカの暮らしは、何もかもが大きい。
皆が席につくのをじっと待っていると、メアリーが言った。
「どうぞ、召し上がれ」と。
うさぎは驚いて言った。
「お祈りはしないの?」と。
28年前は、お祈りをしないで食事をするなんてことはなかった。
メアリーはちょっと驚いて言った。
「28年前、わたしたちはどんなお祈りをしていた?」
「カンマー・ジーザ・スピーアーゲス、レッミ・トゥーア・スピープアス、エーメン」
うさぎは覚えているままに唱えた。
「どんな意味かは分からないの。音しか覚えていないの。
だから間違っているかもしれない。
もしかしたら英語ではないかもしれない。ラテン語とか?」
「ラテン語?」メアリーが笑った。「いいえ、英語よ。では今日は、お祈りをしてから食べましょう」
皆はまるで、新年の挨拶をするときのような面持ちで、両手を組み合わせた。
まるで浦島太郎が帰ってきたとでもいうように。
来たれ、主イエスよ、我らが客人として
我らに与えたもうこれらの糧を祝福させ給え、アーメン