ある日のこと、うさぎは会社を休んで銀行へ行きました。 頭金を期日までに振り込まなくてはならなかったのです。
頭金は、物件価格の2割。
両親から贈与された数百万円に、自分がこれまでためてきた社内預金やらなにやらを合わせ、
それを建設会社の口座に振り込まなくてはなりません。
数百万円もの大金を持ち歩くのは危険だからと思い、
資金はあらかじめ振り込み先の銀行の口座に集めておきました。
だけど、さてキャッシュディスペンサーでこの数百万円を下ろそうと思ったら、
これがたいへん! 一度に99万円までしか下ろせないらしい。
うさぎは何度も何度も機械を操作して、ようやく全額を手にしました。
それはうさぎがはじめて目にする大金でした。
新しいのや古いのや。いろんなお札が入り混じったその札束は、思いのほか分厚くて、
ずっしりとした重みがありました。
うさぎは震える手でそれを窓口まで運びました。
当時はまだ、キャッシュディスペンサーでの振り込みはできなかったのです。
一旦袋に入れるとか、そういうことを思いつく気持ちの余裕すらなく、
数百万円の札束を両手に握り締めたまま、うさぎは銀行のフロアを歩きました。
歩いているうちに1枚2枚、ひらひら落としてしまったらどうしよう?!と心配しつつ、
そろりそろりと窓口に向かって進軍しました。
キャッシュディスペンサーから窓口までは、ほんの数十歩なのです。
だけど、その数十歩の長かったことといったら!
うさぎは、その重責感で気が遠くなりそうになりながら、一歩、また一歩と窓口へ
近づいていきました。
フロアに立っている係員さんが、無表情な顔で目だけ動かし、うさぎの動きを追っています。
そんなところで見てるくらいなら、付き添ってよ――。
うさぎは泣きたい気分になりながら、ようやく窓口へたどり着き、 窓口のお姉さんに突きつけるように札束を差し出しました。 そして、お姉さんがそれを受け取るや否や、 手をカウンターに置いたまま、ヒザを折ってフロアにへたりこみました。
◆◆◆
送金を終えた帰りの足取りは、なんと軽かったことでしょう!
銀行でのゆっくりとした歩みで失った時間を取り戻すかのように、
うさぎはバッグをぶんぶん振り回しながら、駅まで一気に駆けました。
そして、電車に乗って座り、ふっと一息ついたそのときになって初めて、
なあんだ、キャッシュディスペンサーなんか使わないで、
窓口に頼み、そのまま送金すればよかったんだ〜!
と、気づきました。