2003年5月23日 HOME、MY SWEET HOME(その5) 振込

ある日のこと、うさぎは会社を休んで銀行へ行きました。 頭金を期日までに振り込まなくてはならなかったのです。

頭金は、物件価格の2割。
両親から贈与された数百万円に、自分がこれまでためてきた社内預金やらなにやらを合わせ、 それを建設会社の口座に振り込まなくてはなりません。
数百万円もの大金を持ち歩くのは危険だからと思い、 資金はあらかじめ振り込み先の銀行の口座に集めておきました。

だけど、さてキャッシュディスペンサーでこの数百万円を下ろそうと思ったら、 これがたいへん! 一度に99万円までしか下ろせないらしい。
うさぎは何度も何度も機械を操作して、ようやく全額を手にしました。

それはうさぎがはじめて目にする大金でした。
新しいのや古いのや。いろんなお札が入り混じったその札束は、思いのほか分厚くて、 ずっしりとした重みがありました。 うさぎは震える手でそれを窓口まで運びました。 当時はまだ、キャッシュディスペンサーでの振り込みはできなかったのです。
一旦袋に入れるとか、そういうことを思いつく気持ちの余裕すらなく、 数百万円の札束を両手に握り締めたまま、うさぎは銀行のフロアを歩きました。 歩いているうちに1枚2枚、ひらひら落としてしまったらどうしよう?!と心配しつつ、 そろりそろりと窓口に向かって進軍しました。
キャッシュディスペンサーから窓口までは、ほんの数十歩なのです。
だけど、その数十歩の長かったことといったら!
うさぎは、その重責感で気が遠くなりそうになりながら、一歩、また一歩と窓口へ 近づいていきました。
フロアに立っている係員さんが、無表情な顔で目だけ動かし、うさぎの動きを追っています。

そんなところで見てるくらいなら、付き添ってよ――。

うさぎは泣きたい気分になりながら、ようやく窓口へたどり着き、 窓口のお姉さんに突きつけるように札束を差し出しました。 そして、お姉さんがそれを受け取るや否や、 手をカウンターに置いたまま、ヒザを折ってフロアにへたりこみました。

◆◆◆

送金を終えた帰りの足取りは、なんと軽かったことでしょう!
銀行でのゆっくりとした歩みで失った時間を取り戻すかのように、 うさぎはバッグをぶんぶん振り回しながら、駅まで一気に駆けました。

そして、電車に乗って座り、ふっと一息ついたそのときになって初めて、

なあんだ、キャッシュディスペンサーなんか使わないで、
窓口に頼み、そのまま送金すればよかったんだ〜!

と、気づきました。