2003年5月24日 HOME、MY SWEET HOME(その6) 詮索

頭金を振り込むと、うさぎの預金残高はほとんどゼロになりました。 社内預金もゼロ。 それは、「いつか小坂明子の歌に出てくるような、素敵なおうちを建てようね」と きりんと誓い合って貯めはじめたお金でした。

マンションを購入しても、うさぎの気持ちの中では、その夢は潰えていませんでした。 マンション購入とは別のところで、将来家を建てる夢はまだ続いていたのです。
マンションを買ったのは、一戸建てを建てるまでのいわば"つなぎ"。 とりあえず住むところが必要だったし、 住宅相場というのは右肩上がりに上がっていくもの――という前提にたった上での "ファーストステップ"という意味あいもありました。 自分も不動産を持っていれば、住宅相場の上昇についていかれる。 土地の価格が上がれば、所有しているマンションの価格も上がるのですから。

そういう意味では、預金残高がゼロとなっても、 うさぎはその最終目標に近づいたのです。 すこしづつ数字が大きくなってゆく社内預金の残高が振り出しに戻ったのは ちょっぴり寂しかったけれど、夢への大きな一歩を踏み出したのです。
預金を失った代わりに、新しいマンションばかりか、別の夢にまで近づけるなんて‥!
失ったものに対し、得たものはなんと大きかったことでしょう。

◆◆◆

それはそうと、社内預金が振り出しに戻ったあとの給料日のこと。
うさぎが自分の給与明細をながめていると、 職場の先輩がうさぎの肩越しにひょっこり顔を出し、明細をひょいと覗き込みました。

断っておきますが、うさぎの給与明細なんて見たって、面白いことは何もないのです。 当時のメーカーは年功序列の世界、 よきにつけ悪しきにつけ、査定の入り込む隙間などあらばこそ。 うさぎの基本給与は、他の同期と1円単位に到るまでぴったり同じ。 ただ残業代が多いか少ないかだけの差でした。

ところが。

「‥あっ!」

っと、うさぎの給与明細を覗き込んだその人は声をあげました。 そして声を落とし、うさぎの耳元で囁きました。 「お‥おい! 社内預金はどうした?! えらい勢いで貯めてたろ!」

「え? なんのこと?!」とうさぎはしらばっくれました。
なんでこの人、うさぎが社内預金を貯めてたことまで知ってるのかしら、と思いつつ。

「社内預金だよ。残高がゼロになってるじゃないか。一体何に使ったんだよ?」
声をひそめたまま、その人は食い下がりました。

ただならぬこの様子を遠くから目ざとく感じ取り、また別の先輩がやってきました。
「なになに? どうしたって?」

最初の先輩はうさぎから給与明細を取り上げ、今来たもう一人に見せました。
「これだよ、コレ! 見てみろよ!」

「‥ああっ!」

もう一人の先輩が、またしても叫びました。 「社内預金残高がゼロになってる!」

二人は一斉にうさぎを振り返りました。
「一体何に使ったんだよ?! しこたま貯めてたろ? 100万、200万あったはずだぜ?」
「え? そ、そうだっけ? ハハハハハ‥」とただただ笑ううさぎ。
二人ともなんでそんなこと知ってるわけ〜?

「‥車」1人が言いました。
「へっ?!」とうさぎ。
「‥なわけねえか」
「‥なわけねえだろ! うさぎさん、免許持ってねえもん」
「そうかー。車じゃないとすると、なんだろう?」
「バカだなオマエ、オンナが社内預金を洗いざらい下ろすっつったら、 理由は一つっきゃねえだろうが!」
「‥あーあ、そうか〜!」

二人は声をそろえて言いました。

「おめでとう!! 式はいつ?!」

「‥あ?」と話の展開についていけないうさぎ。「‥一体何の話?」
うさぎの顔つきをみて、二人は顔を見合わせました。
「‥違うの? オレはてっきり、ついにきりんとの結婚が決まったのかと‥」
「オレもそう‥。でもさ、考えてみりゃ、おかしいよな。 結婚費用ってのは、式のあとに支払うもので、 何も先に貯金をおろす必要はないんでねえかい?」
「そう言われりゃ、そうだな」

話は振り出しに戻り、二人はまたうさぎの方を振り返り、猫撫で声を出しました。
「ね〜え、うさぎさ〜ん、教えてくれないかな〜? 一体何に使ったのか!」

あんまり二人が知りたがるものだから、却ってうさぎは意地悪な気分になり、 立ち上がりざまに給与明細を取り返して言いました。

「うふふ〜! 教えない〜! ナ・イ・ショ

◆◆◆

けれど話はそれだけでは済みませんでした。 うさぎの社内預金残高がゼロになったという話は瞬く間に広まったらしく、 トイレに行くと、別の課の同期の女の子がさっそく話し掛けてきました。
「うっさぎちゃ〜〜ん 聞いたわよぉ〜! 社内預金、全額おろしたんですって? ‥一体何に使ったの?」

異性である男の人より、同性である女の方がしつこい。 とくにこういった詮索は、女の得意とするところです。 同期のよしみとか、いまさら隠しだてしたってすぐにバレるとか、 結婚がらみだってことはもう分かっているとか、 それはもう、ありとあらゆる手を使って心理攻撃をしかけてきます。

「うさぎちゃんたら、水臭いわ。もう! 吐いちゃいなさいよ!」

‥って、おいおい、あたしゃ容疑者かい?
自分の社内預金を下ろしただけで、なんで尋問されなきゃならないの〜っ!