アウトリガーリゾートは、 この3月にオープンしたばかりの新しいコンドミニアムタイプのホテルである。 ケアンズの海沿いを走るエスプラネード通り沿い、ケアンズの一等地に建っており、 通りに面した正面玄関も立派でシティホテル風に洗練されている。 今日から二泊、うさぎたちはここに泊まるのだ。
「あっ、キリウサさぁん? 待っていたのよぉぉ」
玄関の自動ドアからロビーに入るやいなや、
誰かが馴れ馴れしい日本語で話しかけてきた。
みれば、ロビーの片隅に置かれた猫足のデスクに日本人の中年女性がいる。
エンジ色のマニキュア、光る素材の奇妙な服。
目の下にまで塗った黒々としたアイシャドー‥。
それこそオカルト屋のオバサンも顔負けの、うさんくさいいでたちである。
一体この人は誰だろう‥?!
そういえばさっき立ち寄った旅行会社のラウンジで聞いたような気がする。
「3時前後にホテルにチェックインされる場合には、
日本語のできる係員がお手伝いします」と。
――てことは、この人がその係員?!
このオバサンは名前をハナコさん(仮名)といい、子供たちにはロビー中央のソファに、 きりんとうさぎには猫足デスクの反対側に座るように言うと、お喋りを始めた。 免税品の買い方、出発日のこと等々‥。 ケアンズでの必要事項に関してはラウンジで既に説明を受けているし、 日程表を読めば分かる。なにもここでまた説明を聞く必要はないのだが。
「ユー・キャン・スピーク・イングリッシュね?
オッケ。今ハナコさんがモーニング・コールを頼んであげるわねぇぇ。
いーい? ジャストァモメント・プリーズね?」
英語と日本語をチャンポンにして、在ケアンズ20年のハナコさんは延々と喋り続けた。 胃が痛んできたうさぎの顔を見て、
「あらら、奥さん、顔色が悪いわよぉ。だぁいじょうぶぅ?」
などと言うワリには、早くチェックインを済ませて部屋で休みたいこっちの気持ちなど、
お構いナシである。
胃の痛みを耐え忍び、ようやくチェックインができたのは、
アウトリガーに来てからたっぷり30分も後のことであった。
だが、ここで開放されると思いきや、ハナコさんも一緒にエレベータに乗り込み、 部屋までついてきた!
「旦那さまは上品な感じねえぇ。もしかしてお医者さまかしらぁ?
奥さんも日本人? 外人みたいなお顔だちだわぁ。ねーえ?
上のお嬢ちゃんはパァパそっくり!
下のお嬢ちゃんはママ似なのかしらぁ?」
などと、おべんちゃらだか何だかを綿々と並べつつ。
更に、部屋のカギを開けると、なんとハナコさんも一緒に部屋に入ってきた。
「あらあ、いいお部屋じゃなあい? 新しくて。ねえ‥」
尚もハナコさんは喋る。ここまでくると、 うさぎはめまいを通り越して、恐怖すら感じ、頭の中でパニックを起こした。
一体この人は何なのかしら。
ただの親切おばさん?
それともチップを期待しているのかしら?
はたまた、新しいホテルがもの珍しくて、部屋の中を見せて欲しいと思っているとか‥?
ひょっとして、我々と個人的に親しくなりたいとか。
‥ああ、もう胃が痛くて、限界‥。
「あの、申し訳ないけど、わたし‥! 気分がすぐれないので休みます」
どうやらこの状況を積極的に打開しようという気はないらしいきりんを見限り、
うさぎはそう宣言すると、とっとと靴を脱ぎ、さっさと寝室に入ってドアを閉めてしまった。 それを見てようやく、きりんも「あ、じゃ、どうも‥」と曖昧に挨拶し、
ようやくハナコさんはお帰りになった。
部屋の中は肌寒かった。それもそのはず、エアコンが22度に設定してある。 うさぎは全ての部屋のエアコンを切ってまわり、顔を洗った。 胃が痛い。第一、朝に飲んだ酔い止めのおかげで眠くてたまらない。 うさぎはベッドに滑り込んで、眠ってしまった。