海の中が見えるよう、底をガラス張りにした小振りのボート、 それが『グラスボトムボート』である。
グリーン島までのクルーズで船酔いに悩まされたうさぎと子どもたちは、 これ以上船に揺られたいとは思わなかったのだが、 一足先にこのボートで海の中を見てきたきりんが、
「絶対いいよ!! 凄かったよ!! 絶対見ておくべきだよ!!」
と興奮気味に言うので、うさぎもつい「逃したらソン」という気分になり、 乗りに行くことにした。
桟橋へ赴くと、小船が波にゆられながら待機していた。
お客は日本人ばかりで、
きわどいビキニをつけた水商売風の3人娘と、賑やかな男女混合の若者のグループ、
そこにちょっとはみ出た感じのうさぎの計10名。
ボートの舵を取るのは、日本語のテープに合わせて口を動かし、
自分が喋っているフリをしておどける陽気なオージーのオジサンだ。
桟橋から数十メートルも舟が移動すると、そこには多種多様な珊瑚の森が広がっていた。 木の枝みたいなサンゴ、イソギンチャクみたいなサンゴ、海草みたいなサンゴ‥。 硬さや形状も様々なら色も様々。 そこに色とりどりの小さな魚が楽しげに泳いでいて、 一抱えもありそうな巨大な貝が口を上にむけていたり、 青い青いヒトデがいたり。まるで、龍宮城さながらのにぎやかさだ。
その楽しさは、珍しい生き物を見ることにあるのではない。 足の下に広がるこの光景が、広い広い大海原の遠くまでずっと広がっているという実感 ――それが感動を呼ぶのだった。
けれど。
同じボートに乗って同じものを見ながら、トンでもない勘違いしている若者がいた。
彼は足元のガラスを覗き込みながら、
「うわーっ、すげー!! マジー?!」などと大げさに感動していたが、ふと、こう言った。
「スゲーよなー。まるで全部ホンモノみてーじゃん?!
良く出来てるよなー。これ、ずっと向こうの方まで作ってあるんだろ?」
これには、皆一瞬シンとした。
ああもう! この大自然の中で、一体どうしたらそんな勘違いができるわけっ?!
うさぎはなんだか泣きたくなった。
小さなボートは揺れて揺れて、うさぎは酔って酔ってもう死にそうだった。 第一ガラス張りのボートの底をうつむき加減で眺める姿勢がよくない。 うさぎは底のガラスを覗くのを諦めて、遙か遠くの水平線を眺めながら、 ひたすら舟が岸に戻るのを待った。
だが、そこに新しい展開があった。
舵とりのオジサンが舟の外へ向けて、魚のエサを撒いたのだ。
静まり返った水面が一瞬にして沸き返った。
真鯉に似た大きな黒い魚がひしめき合い、水面に浮かぶエサを我がちにつついている。
魚がエサを飲み込む「ガボッ」という音、
魚の尾びれが水を叩く「バシャン」という音であたりは騒然となった。
そして次には、白いカモメのような鳥がカン高い声で鳴きながら、
これまたたくさん集まってきた。
魚と鳥たち、エサを求める彼らの勢いには鬼気せまるものがあり、
こっちまで食われてしまいそう。ヒッチコックの映画を思い出してしまった。
この派手なイベントを最後に、グラスボトムボート体験は終わった。 うさぎは、船酔いでフラフラになりながら、また島まで桟橋を歩いた。