さて、王妃さまのおわす部屋の扉がようやく目の前に来た。
うさぎたちは他の人々同様、扉の前で荷物を預け、ついに扉の中へと招きいれられた。
「ママが先頭になって」と子どもたちが言うので、
うさぎを先頭に、どきどきしながら部屋に入った。
部屋の奥に女性が数人並んでいるのが見えた。 扉近くにも何人か。 場所からすると、扉近くにいるのはたぶん女官たちで、 上座におわすのが王族方だとは思うのだけれど、意外に違いが感じられない。 特に服がずば抜けて豪華なわけでもないし、この部屋においでの方の物腰はみな優雅で上品。 女官と王族の区別がつかないくらいだから、 王族の中のどなたが王妃さまなのか、分かるわけがない。 ――これは困った!
「どうしよう! どの方が王妃さまだか分からない!」
背後にいたネネに耳打ちすると、ネネがこともなげに言った。
「上座の最初の二人が王妃さまよ」と。
「あんたどうしてそんなことがわかるの?」とうさぎが尋ねると、
「だってホテルに王様と2人の王妃さまの写真が飾ってあったもん」とネネ。
あら、そうなんだ。
「じゃきっと、偉い順に並んでいるのね。そうするとおそらく最初が第一夫人ね」
そんなことを言い合いながら、王妃さまの御前に進んだ。
近くで拝見すれば、どちらが第一夫人かはすぐに分かった。 第一夫人は見るからに威厳をたたえておられたからだ。 王様のいとこ君にして、生まれながらにして王妃の地位を約束されていた第一夫人。 ブルネイ航空のスチュワーデスで、たまたま王様に見初められた第二夫人。 そのお二人の経歴の違いは、外見にもはっきりと現れていた。
重厚なエンジ色の模様入りの服をお召しの第一夫人の前でまず挨拶。 握手をかわしながら「日本からやってまいりました」と英語で挨拶すると、 いかにもマレー人らしい大きな瞳の第一夫人はネネのゆかたに目を向けられ、 「まあ、そう?」と軽く頷かれた。
次に、爽やかな若草色の衣装をお召しの第二夫人と握手をしながら
同じフレーズを繰り返すと、
「ブルネイへようこそ」と、日本人に似た涼やかなお顔つきの第二夫人は、
目を細めてきれいな英語でおっしゃった。
その一言でうさぎは舞い上がり、第二夫人のファンになってしまった。
第二夫人の脇には、まだ中学生から高校生くらいのプリンセスが3人並んでいた。
手を差し出すと、みなその先にほんのすこし指をふれた。
それでおしまい。握手なんてものではない。
表情からも「ああつかれた」というのが一目で読み取れる。
無理もない。ネネと同じくらいの年頃なんだもの。
くる日もくる日も毎日何時間も立ちっぱなしで
何万人の謁見客と握手させられたのでは、仏頂面になるなという方がムリだ。
歳若きプリンセスの脇には、年配の、王様の妹君とおぼしき女性が二人ばかりおわした。 けれどこちらも若年のプリンセス同様、不機嫌さを隠さない。 今日は最終日の午後。 1時間半並んだだけのこっちでさえこんなに疲れているのだから、 それを迎える方の疲れはお察し申し上げる。
それにしても、一人ごとに笑顔を向けられる第一夫人と第二夫人は実にご立派。 おそらくお二人はご存知なのだろう。 1000人のグルカ兵だけではこの王権を支えきれないことを。 ご自身にとってはバカバカしいような年に数日のこの儀式が 何より王権を支えるものであるということに、きっと気付いておいでなのだ。
謁見の間を出ると、黄色いプラスチックの玉手箱と、王様のプロマイドをいただいた。 それに加えてチャアは、 ミドリの封筒に入ったお年玉をピン札のブルネイドルで5ドルもらった。 ネネにももらえるかと思ったら「子供だけ」。ネネは子供じゃないらしい。
王様のプロマイドが張ってあるカードには通し番号が振ってあった。 うさぎの番号は、6万2000番台。 王宮はこの4日間でこれだけのお客を迎えたわけだ。
「しかし、1時間半も並ぶとはねー。最終日だから混んでいたのかしら?」と言ったら、
「いや、今日はまだいい方です。初日は3時間待ちですからねー」と古屋さん。
3時間!!
うさぎは卒倒しそうになった。
帰りしな、坂を歩いて下りつつ、きりんに
「王様との握手はどうだった?」と尋ねると、
「どの人が王様だか分からなかった」。
「あらやだ。どうして古屋さんに尋ねなかったの?!」と言うと、
「いや、謁見が終わって、部屋から出てから最初の人が王様だって聞いたんだ。
だけど、その時にはもうあんまりよく覚えてなくって‥」ですと。もうガッカリ‥。
門までの坂は、登ってきた道とは違う道らしく、 立派な庭園のあちらこちらには、 黄色いプラスチック製のヤシの木が立っていた。 手元の黄色い玉手箱にどこか感じが似ている。 そういえばカードに張ってある王様の写真も、王様の背後が派手な黄色だ。 ヤシの木、お土産の箱、王様の写真‥皆同じ黄色である。
これは何かある――。そうピンときて、日本に帰ってから大使館に尋ねてみた。 そしたら、黄色は王様のテーマカラーなのだそうだ。 マレーの人々は家ごとに"家紋"ならぬ"家色"を持っているのだそうで、 王様のそれは黄色なのだそう。 それで派手な黄色の謎は解けた。