さすがにウィスラー山のお膝元は寒い。 身を切るような寒さ、というのだろうか、ちょっと歩いただけでも、 ぴりっとした冷気が衣類からはみ出した肌に突き刺さってくる。 まだ寒さが本格化していない11月の日本から来た身に、この寒さは堪える。 今出てきたホテルの外壁に沿って歩いているうちから、すっかり凍えてしまった。
けれど、街を歩くのは楽しい。クラシカルなデザインの建物が立ち並び、その一階には楽しげな店が軒を連ねている。 街灯には早くもクリスマスリースが掛けられ、色とりどりのイルミネーションが瞬いている。 こころもち蛇行した道が街にやわらかい表情を与え、あちこちに設えられた広場が楽しいリズムを生み出している。 人と車の動線を完全に分けているから、排気ガスや身の危険に煩わされることもない。
ここは人が歩くための道、そして犬の歩く道。
そろそろ日が傾きかけた夕方の街には犬を連れた人の姿が目立つ。とくにハスキー犬が人気のようだ。
日本ではあまり目にすることのないような堂々たる大型犬が悠々と石畳を歩いているのを目の当たりにすると、
この広い大地を持つカナダという国の豊かさを感じずにはいられない。
犬の存在は、この街に自分の犬を連れて滞在できることの豊かさも同時に感じさせる。
短期間のホテル住まいではなく、自分の別荘で悠々と暮らしている背景までが、犬の存在から浮かび上がってくる。
街ゆく人々は若い人が多く、みな元気。スキーを楽しむことのできる人々――それは様々な幸運の重なった人だけだ。 健康で、金銭的にも時間的にもいささかの余裕があるという。
美しいものに彩られ、幸運な人々の活気に満ち溢れた街。
きれいなものや楽しいことしかなくて、汚いものや悲しいことなどどこにもない街。
ここはまるでテーマパークみたいだ。
まったく、これがテーマパークだったとしても、大したものだと思う。
でも、もっとすごいと思うのは、ここが実在する街だってことだ。
美しい建物は張りぼてなんかじゃなく、道行く人々もぬいぐるみを被ったバイトのお姉さんなどではない。
ちゃんと使われている建物、たまたまここにやってきた人々、生きているホンモノの犬、
そして昔からここにある大自然‥。いろんな歯車がうまーく噛み合い、素敵に稼動している街。
こんな街が実在するなんて、奇跡みたいだ。しかも、自分がそこにいるなんて‥。
石畳の道をただ歩いているだけで、胸がワクワクする。
そう、本当に。
スキーなんかたとえ出来なくても、
この街をブラブラ歩けただけで
太平洋を越えてきた価値はあったよなあ、
もうすでに今ここで元を取ってるよなあ、
とうさぎは思った。 体は寒さに震え、心は感動に震え、それが一緒くたになって、時折ブルブルッと大きな武者震いがおこる。
うさぎたち15人の客を従えたルックワールドのヒゲおじさんは、 レストランやらみやげ物屋の前で「この店は高い」だの「なかなかいける」或いは「はっきり言ってマズい」 だのといった簡単なコメントを加えながら、ずんずんと村を進んでいった。 口ひげを豊かに蓄えたこのおじさん、いかにも山男〜といった風情の和製タフガイで、なかなかいい味を出している。 ウィスラーの雰囲気を盛り上げる立役者の一人といったところだ。
20分ほど村をゆっくり練り歩き、終着駅はオン・ザ・ゲレンデにあるもう一つのデルタ・ホテルだった。 ここの地下にツアーデスクがあるのだ。 寒い街からホテルの中に入ると、 それまで寒さで縮こまっていた体がふわーっと暖かい空気に包まれて一回り大きくなった気がした。