さあ『アッパー・ウィスキー・ジャック』を抜けた。 ここでそのまま初心者コースの『ポニー・トレイル』に入るつもりだったが、急遽ルート変更。 なぜって、『ポニー〜』に入るには100メートルばかり、なだらかな坂を登らなければならなかったからである。 人々はみな『ポニー〜』を選ばず、『ローワー・ウィスキー・ジャック』の方に降りてゆく。 水は低き方に流れ、人もラクな方に流れるわけだ。
そんなわけで、
「周りに全然人がいない、っていうのも、何かあった時に不安だしねえ‥」と自分に言い訳しながら、
うさぎたちも『ローワー・ウィスキー・ジャック』を降りていくことにした。
どのみち、終着駅はオリンピックステーション。
『アッパー〜』を降りてきたことで自信をつけ、『ローワー〜』も初級コースだし、
ま、何とかなるでしょ‥と、ちょっと強気。
最初のうち『ローワー〜』は『アッパー〜』以上になだらかな斜面が続き、 子供たちもうさぎも余裕で滑り降りた。 道幅はアッパーよりも若干狭い感じで、右を見ても左を見ても針葉樹林の林間コース。 人影が途絶えると、この静かな山がすべて自分たちのものになったような気がして、しばし幸福感に浸った。
状況が変化したのは、そろそろ『ローワー〜』が終わり、これから『アッパー・オリンピック』に入ろうか、
という所だった。所々、雪がシャーベット状のジョリジョリになってきたのだ。
――これは滑りにくい。時おり板が横に流れて、ズズっと体が下にずり落ちてしまう。
雪で滑りやすいので、怖い。
すこし急な場所に差しかかると、チャアが座り込んで泣き出してしまった。
きりんが足の間にチャアを挟んで、ゆっくりゆっくり滑ってみるが、それでもチャアは怖がる。
ちょっと滑っては座り込み、滑っては座り込み、これでは一向に進まない。
まだまだ先は長そうなのに、こんなところで日が暮れてしまったらどうしよう?!
ため息をついていると、後ろから西洋人のファミリーがやってきた。
ベテランスキーヤーの父親と、うさぎとどっこいどっこいの母親、それに4歳くらいの子どもが一人。
子どもはここまで自分で滑ってきたが、雪質が悪くなりはじめたと見てとるや、父親が抱き上げた。
彼は軽々と子供を抱いたまま、華麗なシュプールで滑って行き、あっという間に見えなくなってしまった。
そのあとを母親がアタフタと追いかけてゆく。
うさぎは思わずうらやましくなった。
あーあ、いいなあ。もうちょっとチャアが小さかったら、ああいうこともできたのになあ‥。
もっとも、あのおとーちゃんは相当な手練と見た。きりんにあの真似はちょっとムリかも‥。
そうこうするうちに、うさぎは寒くなってきた。さっきかいた汗が冷えてきたようだ。
この辺では人工降雪機が稼働していて、上からしきりに冷たい雪が降ってもくる。
なお悪いことに、お腹が冷えてトイレに行きたくなってきた。
仕方がないので、チャアはきりんに任せ、ネネとうさぎは一路オリンピック・ステーションのトイレを目指し、
先に行くことにした。