「今夜はもう遅いのでお風呂はやめにして、顔を洗って寝よう」と、部屋でごちゃごちゃしていた時のこと。
ドアの向こうで、かすかに音がした――ような気がした。
でも今は夜中の3時。誰が尋ねて来ることもあるまい。きっと空耳だろう。
だが。
トントン‥。
しばらくして、またドアの向こうから、音が聞こえた。
こんな真夜中に一体誰だろう? こんな時間にドアを開けるのはイヤだ。
"Who is it?" (誰?)
うさぎはドアの近くへ寄り、声を張り上げて聞いた。
すると、ドアの向こうから、ゴチャゴチャと英語で言うのが聞こえた。
何を言っているのかはさっぱり分からない。けれど、真面目そうな声。
ドア、開けちゃおっかな――?
うさぎは恐る恐る、そーっとドアを開けてみた。
ドアの外には、チャモロ人のホテルマンが、大きなトレーを抱えて立っていた。
なんだかよく分からないままに彼からトレーを受け取ると、脳裏に
〔ここはやっぱりチップを渡すべきだろうか〕という考えがよぎった。
だけど、この大きなトレーを抱えて、どうやってチップなんか渡せるんだ。
第一、一ドル紙幣はみなままりんが持っており、そのままりんは下着姿で洗面所の中。
まさかこんな真夜中にチップが必要になるとは思わないもんな。
うさぎはドアを閉めるのを一瞬躊躇し、向こうもほんの一瞬チップの期待をしたようだったが、
結局、「サンキュー」の一言で帰って頂いた。
机の上にトレーを置き、しげしげとそれを眺めてみると、
それはどうやら「ウェルカム・フルーツ」というものらしかった。
お皿ごときれいにラッピングされ、華やかに色とりどりのリボンが掛けてある。
「ようこそ当ホテルへ」というセリフで始まる総支配人の丁重な挨拶まで添えられ、
まことに晴れやかなるプレゼントだ。
「ウェルカム・フルーツ」というものがあることはツアーのカタログで知ってはいたが、
それが貰えるのはハネムーン用などの高額ツアーに参加した人だけで、
ビンボー旅行専門のうさぎなんぞには縁のないものだと思っていた。
今回は招待旅行なので、いろいろと気を遣って頂いているのかもしれない。
まさかこんなフルーツが宿泊客全員に配られるとは思えないし。
まあ何であれ、こんな素敵なプレゼントをもらって、うさぎはシ・ア・ワ・セ♪
洗面所から出てきたままりんと一緒に早速包みを解いてみる。
中から出てきたのは、美味しそうに並んだカットフルーツ。
二種類のメロンに、オレンジにイチゴにブルーベリー。
こんな真夜中に食事するのも何だが、痛まないうちにいただこう、というわけでままりんと二人して食べた。
う〜ん、おいしい!
ほっぺたがおっこちそう!
土壌が悪くて作物が取れないと言われているグアムで、こんなに上等なフルーツが採れるとは思えない。
もしかして、日本から空輸してきたのかも。
「ねえ、準備できてない、っていうのは、部屋のことじゃなくて、
このフルーツのことだったのかもしれないわよ?」とままりん。
う、うーん、そうねえ‥。同じ飛行機でこのフルーツも日本からやって来たとか??
何はともあれ、美味しい、美味しいといいながら、フルーツを二人で全部平らげてしまった。
只今夜中の3時半。こんな時間にフルーツを食べるなんて、ちょっと無謀かも――と思ったら、やっぱり無謀だった。
フルーツを食べて、さあ寝ましょ、と思ったら、お腹の調子がヘン。妙にゴロゴロして眠れないのだった‥。