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【 三棟屋博物館 】

三棟屋博物館の内部

ホテルが都心から離れた立地のパンダホテルだと知ったとき、 うさぎはほんのちょっぴりガッカリしたものだった。 やっぱり都心の方が何かと便利だから。 そのガッカリを大喜びに変えたのは、三棟屋博物館の存在であった。 それは伝統的な客家(ハッカ)の家屋を復元したものである。 なんでも、ツェンワンにはかつて客家の人々の住む村があったのだそうな。

"客家"というのは、かつてはもっと北のほうで隆盛を誇っていたのが、 戦乱から逃れて華南に南下してきたという漢民族の一派で、 要塞のような集落を作って暮らすことが知られている。 その集落は"客家土楼"と呼ばれ、今や、中国各地で観光の目玉となっている。

「ツェンワンに泊ることになったからには、このスポットは外せないわね」というのは、 菜々子ちゃんとうさぎの一致した意見であった。 うさぎは住宅オタクで、 古今東西の人の住まいというものに、殊のほか深い興味を持っている。 菜々子ちゃんもこれまた建築物には造詣深く、
「写真をたくさん撮っていけば、夫へのいいお土産になるわ」と張り切っている。 なんたって彼女の夫は建築家であるのだからして。

そんなわけでうさぎたち一行は、これまで楽しく歩いてきた"黄色い道"を駅近くで降り、 一般道の歩道をほんの1分ほど歩いて、三棟屋博物館にやってきた。 それは、わりあい殺伐としたツェンワン駅近くにあって、濃い緑に包まれており、 ゆったりとした敷地内の坂を登ると、左手に白い土壁が現われ、小さな戸口があった。
「おお、これが客家土楼なのね〜!」と感慨にふける大人二人。 「白壁といい、瓦屋根といい、なにやら今井町を彷彿とさせる佇まいね‥」。

ところが子供たち二人の興味は別のところにあった。 彼女たちはやにわに「カワイイ〜〜〜!」と言って走り出し、 向こうから男性が抱いてやってきた赤ちゃんを取り囲んだ。

それは確かに、本当に可愛らしい赤ちゃんだった。 色白でキメの細かいツルツルの肌で、機嫌よくニコニコしている。 日本人にそっくりな顔立ちでありながら、 日本の赤ちゃんの可愛さとはまたどこか違った愛らしさがある。
子供たちは日本語で「カワイイ、カワイイ」を連発し、 向こうの男性が「コンニチハ〜」などと日本語で応対してくれたものだから、 母親二人までがつられて「カワイイ、カワイイ」と日本語を連発。 ちったぁ広東語も勉強してきたはずが、英語で赤ちゃんの性別を尋ねたのが関の山で、 あとはすっかり日本語モード、客家土楼への興味もどこへやら、 すっかり「赤ちゃんカワイイ」で盛り上がったのだった。 中国4000年の歴史も、赤ちゃんの初々しいかわいらしさには勝てないらしい。

‥そんなわけで、三棟屋博物館の一番の思い出といえば、 可愛い中国の赤ちゃんを皆で取り囲んで愛でたことなのだが、 それで終わってはあんまりなので、土楼内部の様子にも少し触れておくことにしよう。

客家土楼には大きく分けて、円楼(丸い形状)と方楼(長方形)の2種類あり、 この博物館は方楼である。
見るからに変わっている円楼に比べると、 方楼は壁がごく普通に直線だし、 一見ではそれほどものすごく変わっているという感じはしない。

入館料が無料な割には、説明をしてくれる親切な係員が到るところに立っており、 それに安心したうさぎが
「外に出なければ、中は好きに探険していいわよ」と言うと、 子供たちは狭い路地の角を曲がってアッという間に姿を消し、 おかげさまで、住宅オタクの大人二人は この客家土楼をじっくりと見学する環境作りに成功した。

排水の仕組み、かまどの様子。 「玄関の大きな甕は一体何のためのものか」と係員に尋ねると、 フィッシュ(魚)というカタコトの英語が返ってきた。 生簀に使われていたものだろうか。

土楼の中を歩くのは、大人でも楽しい。 コチャコチャと作りこまれた路地は迷路のようで、冒険心をくすぐられる。 ここは博物館だからして、簡便にコンパクトに作られているけれど、 数百人が生活するという本物の土楼を歩いたら、その楽しさはいかばかりであろうか。

要するに、客家土楼というのは「街」なのだと理解した。 白い壁で囲われた中に、個人の住宅もあれば、農作業のための納屋あり、商店あり。 土楼の中で全ての用が足りるようになっている。 北の地から南下し、何百年もの間"客家"(よそ者)と呼ばれ続けた人々は、 いざとなれば篭城ができるよう、このような街を作ったのだろう。

勤勉に生まれつき、学問を尊ぶ習慣を持つ客家の人々は、 北の地にいた頃も貴族階級であったが、 南の地にあっても、幾百年経るうちに頭角を表し、 孫文、ケ小平やシンガポールの名首相・李光燿(リ・クアンユー)、 フィリピンのアキノ大統領といった大物政治家など、 政財界のリーダーを数多く輩出しているのだそうである。
「三棟屋博物館の入館料が無料っていうのはもしや、 そうした財界人がスポンサーとしてバックについているからなのでは?」 とうさぎが言ったら、
「或いは、売店の売上げで経費を賄っているとか」と菜々子ちゃん。

いきなり縮小した話のスケールにうさぎは苦笑いしたが、 確かに、三棟屋博物館は売店の商品ラインナップも、品数こそ少ないものの、 たいそう魅力的なのであった。 レトロな昔の広告を印刷したメモ帳やら絵葉書やら、 サイフの紐の固いうさぎに、一通り買わせてしまったほどに。

尤も、その魅惑的なおみやげ品が、客家の暮らしとどう関係があるのか、 いや全くないのかは、うさぎの知るところではない。

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