それは、先の公園から、乾物などの店が並ぶという「上海街」へと向かう途中で起こったことだった。 迷子状態。うさぎはどうやら方向音痴らしい。
太子駅へと続く大通りを渡り、 婦人服で有名ないわゆる「女人街」、金魚などを売る店の多い「通菜街」を左手に見て、 一行は順調に「上海街」へ向かっているかのように見えた。 少なくとも、皆を先導するうさぎはそう思っていた。 居並ぶ店をひやかしてみたり、建築現場の写真を撮ってみたりしながら、 着々と目的地に向かっているはずだったのだ。
ところが、ある場所にやってきたとき突然、周囲の実情と地図とが合わなくなった。
菜々子ちゃんが「うさぎちゃん、まずここがどこであるか確認しましょう」と言い、
通りの名前やら、行き先表示やら、店の看板やらを見上げはじめた。
うさぎも菜々子ちゃんに倣い、地図と周囲とを見比べはじめた。 けれども、「自分たちは今、この辺にいるはず」という思い込みが強すぎて、何がなにやら分からない。 ここは手っ取り早く道行く人に尋ねるが早いと、何人かに話しかけもしてみたが、 「エクスキューズミー」も言い終わらないうちに、みな手を振って逃げてしまった。 どうやらこの界隈では英語が通じないらしい。
「香港で英語が通じないだなんて〜〜〜!」と叫ぶうさぎ。
一方、菜々子ちゃんのほうは順調に結論に近づいていたようだ。
しばらくして言った。
「分かった。わたしたちはここにいるのよ」
菜々子ちゃんが指差した地図上の位置、それは俄かには信じがたい場所であった。 だってそれは、けっこう歩いたにも係らず、ふりだしの公園にかなり近い場所で、 さっき確かに渡ったはずの大通りのこっち側だったからだ。 うさぎはきつねにつままれたような気分で、脳がその事実の認識を拒んだ。
けれど、「ほら、うさぎちゃん、見て。この道が彌敦道であることは確かよね。 で、そこに"麗都火鍋海鮮酒家"って書いてあるから、 いま我々は、この交差点にこういう向きで立っているんじゃないかしら。 そっちの道が長沙湾道だとすると、行き先表示とも一致でしょう?」、 菜々子ちゃんにそういわれてみれば、全くその通りだった。
幸いだったのは、それが太子駅のすぐそばだったこと。
本当は皆で乾物屋の並ぶ上海街を通って旺角駅まで一駅歩くつもりだったが、
子供たちはすでに長く歩いて疲れている。これは無理だ。
そこでうさぎは言った。
「ごめん、菜々子ちゃん、上海街へは一人で行って。
わたしはこの人たちと一緒に、太子駅から地下鉄で行く。
もうすぐ1時半になるわね。
インターコンチネンタルホテルのロビーラウンジで4時半に待ち合わせっていうのはどう?
先にお茶にして待っているから」
そんなわけで、ここからは菜々子ちゃんだけしばしの別行動ということになった。 実は、菜々子ちゃんはけっこう買い物好きである。 さあて、彼女が何をどれぐらい買い込んでインターコンチネンタルホテルに現れるか。 それを考えると、楽しみである。