Indonesia  バリ島芸術の村ウブド

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【 イルカたち 】

アラムジワのプール

バリの日中は暑い。 比較的過ごしやすい乾季とはいえ、2キロほどの道のりを歩いて帰ってくると、 子供たちは早速「プール!」と言い出した。 午後3時とあって、そろそろ日の光も和らいできた頃だ。 肌を日に晒してもそう真っ黒に日焼けすることもなかろうと、 夜のバリダンス公演を見に行くまでの数時間、プールで遊ぶことにした。

うっそうとした緑といくつもの石像に見守られたアラムジワのプールは、 素敵なサンクチュアリだった。 デッキチェアの脇には、スタッフが用意してくれたお茶とケーキ。 東屋には竹でできた楽器が置いてある。 石像の持つつぼから流れる水に打たれてみたり、 楽器の鍵を叩いてみたり。 ケーキにぱくついたりお茶を飲んだりしながら過ごす午後は、 なんとも贅沢な気分だった。

しばらく水に浸かっていると、さすがに寒くなってきた。 そろそろ日が落ちかけて、日差しが弱まり、気温も下がってきたようだ。 そろそろバリ舞踊を見に行く支度もしなくてはならないので、 水から上がり、部屋に帰ることにした。

部屋に引き上げるうさぎたちとは入れ違いに、西洋人の姉妹がプールにやってきた。 ネネとチャアと同じくらいの年齢である。 「これからプールで遊ぶのでは寒くはないかな」というこちらの心配を他所に、 彼女たちは水の冷たさをものともせず、ついさっきまでのネネやチャア同様に遊び始めた。

それから1時間半ほど後のこと。 バリダンスを見に行こうと、レストランで車を待っていると、西洋人の夫妻が現れ、
「わたしらも宮殿へ行くから、車を頼むよ」とスタッフに英語で告げた。
「ではそこでお待ちください」とスタッフが返すと、
「ああ、でもちょっと待った。 その前にあのイルカたちをプールから引き上げなくてはね」

「ああ、なるほど」スタッフは笑った。 見れば、 すでに日の落ちた暗いプールでさっきの姉妹がまだ水しぶきを上げながらはしゃいでいる。 よく体が冷えないものだと感心するが、どうやら寒冷地育ちの西洋人と 温帯育ちの日本人とでは、寒さに対する耐性が違うらしい。

「おーい、イルカたち、いつまで泳いでるんだい? 早く出てこないと、網で捕まえるぞー!」 彼はプールに向かって声をかけた。 けれど、イルカたちは華やかな声で笑い、一言二言、英語で何か言ったっきり、 一向に泳ぐのを辞めようとはしなかった。 うさぎは思わず時計を見た。 もう6時半を回っている。7時半開演だから、そろそろ行かないと、良い場所が取れない。 でもあのイルカちゃんたちが水から上がって支度するのを待っていたら、 一体いつのことになるのやら‥。

ダンス公演の会場となる宮殿へ向かう車がやってきた。 西洋人夫妻とうさぎたちは車に乗り込んだ。
でも、イルカたちはまだ水の中。 おや、この夫婦は子供たちを水の中に残して行くことにしたのかな、とうさぎは思った。 あの彼女たちの様子では、 公演が終わって帰って来たらまだプールに浸かっていたなんていう展開もありそうだ。

「はじめまして。わたしたちはフランスから来ました。あなたがたは?」 車の中で、美しいブロンドの奥さんがうさぎに話し掛けてきた。 おや、フランス人?と、うさぎはちょっと意外に感じつつ、あいさつを返した。 「はじめまして。わたしたちは日本から来たんですよ」
ご主人が前の座席から身を乗り出すようにして言った。 「そうですか! 実はわたしはトヨタで働いているんですよ。 なので日本にも何度か仕事で行ったことがあります」
「へええ〜! では奥様の方は何を? 主婦業に専念しておられるのかしら?」
「わたしは美術の教師です。バリ絵画に興味があるんですよ」
「あら、わたしもです〜!」‥。 フランス人のご夫妻は話し好きで、よく話が弾んだ。

すっかりうちとけたところで、うさぎはさっきから気になっていたことを切り出した。
「お嬢様がたは結局ホテルに置いていらしたんですね」
すると、彼らは顔を見合わせ、きょとんとした。
「娘たち? わたしらの子供はみな国に置いてきましたよ」
「えっ‥? ではあのプールで遊んでいたイルカちゃんたちは‥」
二人はどっと笑った。 「ははは、あれはわたしたちの娘ではありません。ちょっとからかっていただけですよ!」

ああそうだったのか〜!
彼らがフランス人と聞いたとき、なんだか妙な気がしたのは、 イルカちゃんたちが英語で喋っていたからだ。 イルカちゃんたちはオージーか何かだろうと思っていたので、 彼らがフランス人だと聞いたとき、なんだか違和感を覚えたのだ。

西洋人が「東洋人は見分けがつかない」とよく言うが、 東洋人であるうさぎには、西洋人も見分けがつかない。 フランス人もオーストラリア人もいっしょくた。 彼らにしてみれば、それはちょうど、 日本人夫妻が、 「あれはお宅のお子さんでしょ?」と、 盛んに中国語を喋っている子供を指して言われたようなものだったに違いない。

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