もう3時半だ。そろそろ子供をプールから引き上げないと。 うさぎはみんなを捜して声をかけ、海沿いを歩いてラササヤンへ帰った。 ゴールデンサンズとラササヤンの間には「パームビーチリゾート」という、 やはりシャングリラ系の小さなホテルがあるはずだったが、それが影も形もない。 跡地にあったのは「シャングリラ・ウォータースポーツセンター」と書かれた施設。 ガイドブックで読んだ「パームビーチリゾートは現在拡張中。 98年に再オープンの予定で客室数は450」云々という、まことしやかな説明は一体なんだったんだろう?
部屋に帰り着くと、うさぎは子供たちにおやつを食べさせ、お風呂に入れ、ベッドに入れた。 今はまだ4時半。ここでひと寝入りさせておけば、みんなでまた夕食に繰り出せる。 きりんは子供たちと一緒に寝入ってしまったので、うさぎはホテル内を探検に行くことにした。
部屋を出たうさぎはロビーの方へ歩いていった。 その途中、廊下の隅にエレベータを見つけ、用はないけれどそれに乗ってみた。 こんなに手の込んだ内装のエレベータは見たことがない。 すべすべに磨かれたアメ色の腰板に細かいレリーフがびっしりと施してある。 こんな近代的な設備にまで古き良き時代の香りがするなんて、なんて素敵なホテルだろう。
ロビーを抜けると、ショッピングアーケードに行くつもりが、なぜか迷宮に迷い込んでしまった。 周りにはだーれもいない。客室もない。壁には「ビジネスセンター」と書いてある。 周りのしつらえは、客室棟以上にゴージャス。がっしりとした木張りの壁がエキゾチックだ。 ふっかふかのカーペットが足音を吸い込み、まるっきり音がしない。 自分の足音が聞こえないというのは不思議なもので、うさぎは自分が幽霊になったような気がした。
しばらく行くと、にわかに廊下が広くなった。 天井までもある立派な両開きのドアの前に、沢山の風船で作ったアーチがつくってある。 中を覗いて見ると、広い会場いっぱいに給仕がテーブルを整えているところだった。結婚披露宴の準備だろうか。
と、ドアの脇の看板に気付いた。
ロジータの21回目の誕生パーティー
と書いてある。なんとまあ、ゴージャスな誕生パーティーではないか。 風船がくくりつけられた椅子の数は100を下らない。地元の金持ち娘のパーティーだろうか。うさぎは
「貧富の差が激しいこの国には大金持ちが沢山いて、夜な夜なベンツを連ねて高級ホテルに乗りつける」
と日馬プレスのホームページで読んだのを思い出した。 そういえばラササヤンの車寄せにもベンツばかりが何台も並んで止まっていたっけ。 ちょっとその大金持ちとやらを見てみたいものだが、うさぎはラフな服しかもってきてない。 こんな恰好で富豪の皆さまのお目汚しになっては申し訳がない。
なおも歩くと、そこはいつの間にやらガーデンウィングだった。 行き止まりにガーデンウィング用の小さなレセプションがあり、そこから脇に入ると、らせん階段があった。 それを登ると回廊。その細い回廊は、大きな窓が両脇にあって明るかった。 窓の外は植え込みになっていて、窓と窓の間の柱や、窓の下にはすべすべの木が張られていた。 回廊を通りすぎたところにショッピングアーケードはあり、どうやらうさぎはメインウィングに帰ってきたらしかった。
ショッピングアーケードには、小さな店が10軒ほどあった。 花屋、床屋、紳士服のテイラー、バティックの生地と服の店、ゴルフショップ、宝石店、それにドラッグストアなど。 ドラッグストア以外は、"紳士淑女御用達"といった風情のきどった店が多い。
ここはまったく妙な世界だ。地元の富豪が集うペナンきっての高級ホテル。
なのに日本では格安ツアーに利用され、うさぎのような庶民がやってくる。
一体、このギャップをうさぎはどう納得すれば良いのだろう?
「日本円が強いがゆえの構図」という理屈をこねてみても、感覚的にはぴったりこない。
うさぎは、フカフカのカーペットが、足音だけでなく、姿まで消してくれればいいのに、と思った。
安物の服でそこいらをウロウロしている自分が、ラササヤンの雰囲気を壊しているような気がして落ち着かなかったのだ。