マリンレイクでのシュノーケリングを終えると、船はコロール島の南側を通り、PPRに帰ってきた。
うさぎがびしょぬれになったタオルをタオルステーションに返しにいくと、
「乾いたタオルに変えるかい?」と尋ねられた。
「ええ、お願い」と頼むと、
「じゃあ、ここに部屋番号と名前を書いて」
「わたしはキャロラインリゾートに泊まっているのだけれど‥」とうさぎが言いよどむと、
「ああそう! じゃあここはバンガローの番号だ」と彼はペンを差し出した。
乾いたタオルが手に入ると、ネネはそれをかけ、デッキチェアでぐっすり眠ってしまった。 チャアのほうがまだまだ元気で、プール、海、きりんと一緒に遊びまわっている。 ダイバー夫妻が、「ほら、こっちに来てごらん、魚がいるよ!」と時々誘いかけてくれている。 本当に良い人たちだ。
うさぎはネネの脇に腰をかけ、 レンタルカメラで撮った写真をチェックした。 ‥うーん、ろくに撮っていないわねえ‥。 せっかくお金を出してハウジングつきのを借りたのに。 ろくに撮らないまま、返すのは惜しい。 ダメモトで、もう少し撮ってみようかな。
うさぎはシュノーケル、マスク、フィンを装着し、岩場のほうへ歩いていった。 「PPRのビーチも、岩場のところにきれいな魚がけっこういてますよ」 とダイバー夫妻が教えてくれていたからだ。 ライフジャケットはつけないことにした。 その代わり、足のつかないところには行かない、と決めた。
そこは確かに魚天国だった! 黄色、ピンク、青‥。 ヨコ縞、タテ縞、迷彩模様‥。 水族館で見るような、色鮮やかな熱帯魚がいっぱい! まるで竜宮城だ。 ほんのすぐ自分の手の届くところに、きれいな魚がたくさん泳いでいる! 水深70センチくらいの、ほんの浅瀬に。
魚は、探さなくても、いっぱいいた。 あっちにも、こっちにも‥! 岩場に沿ってゆっくり泳ぎながら、うさぎは夢中でシャッターボタンを押した。
そうやって、岩場を半周した頃だろうか。 ふと気づくと、いつの間にか、呼吸も苦しくなくなっていた。 魚に見とれて、夢中になってカメラを構えているうち、 呼吸のことなどすっかり忘れているうちに。
どうしてできるようになったのかは、よく分からない。 いつの間にか、呼吸のことなど忘れているうちに、自然にできるようになっていた。
そういえばさっき、ダイバーの旦那が言っていたっけ。口呼吸なんてどうしてできるんだ、 と嘆くうさぎに、 「水の中に入って装備をつけると、スイッチが自然にカチッと切り替わる感じなんだよ」って。
まさにその通りだった。 まさにそれは、「スイッチがカチッと切り替わるような感じ」だった。 「ここは水の中だから、口をどうして、鼻をどうして〜」なんて、考える必要はなかったのだ。 ただ単に、そのときにできる方法で呼吸をすればいいだけの話だった。
泳ぎたくなくなったら、いつでも浅瀬に立ち上がれる。 苦しくなったらいつでもやめられる。 そんな環境だったから、安心してコツが学べたのかもしれない。 岩場を一周する頃には、もうすっかり、苦手意識が消えていた。
尤も、あとで見てみたら、写真のほうは散々だった。 全然魚の写っていない写真が半分くらいあり、 あとは、ピンボケ、手ブレ、被写体ブレ、体半分しか写っていない、 魚がこっちを向いていて、色柄がよく分からない、など。 とにかく、失敗写真の山だった。
くすん‥、こんなものか。 がっかり〜!
でもしょうがない。 ダメモト、ダメモト。 さっきのマリンレイクに比べたら、これだって、たいした進歩じゃあないか。
――それに。 きれいな魚を見たのはまぼろしじゃあない。 写真に残っていなくても。