ロングビーチ近くの島でお昼を食べた後、うさぎたちはジャーマンチャネルを通り、 シュノーケリングポイントに向かった。
ジャーマンチャネルというのは、昔、ドイツ軍が、船をリーフの中に通すため掘った水路である。 今では船の通り道であると同時に、大型魚の通り道にもなっていて、 パラオ名物であるマンタの名所ともなっている。 残念ながら、うさぎたちはマンタには出会えなかったけれど。
そのジャーマンチャネルを通り抜けたということはすなわち、リーフの外に出たということだ。 明るい緑をしていた海の色は、深い藍に変わった。 ここいらへんには波もある。 久しぶりに見た普通の海である。
「ここいらはビッグドロップオフと呼ばれていてね、ものすごく深いんだよ」
運転手のおっちゃんが言った。
「深いって、どれくらい?」李さんが尋ねた。
おっちゃんは困ったような顔をして、
「どれぐらい深いかって? あんた、そんなこたあ誰も知らんよ。
潜ったら最後、誰も浮かび上がっちゃこれねえからな」
そのジョークにはみんなで笑った。
でも、その「誰も浮かび上がっちゃこれない」場所にこれから飛び込む、といわれたときには、 正直ビビッた。 これまでパラオで見てきた海の色とは全く違う。 吸い込まれそうな、深い深い藍色。 こんなところでシュノーケリングをするだなんて‥! いくらライフジャケットをつけるとはいえ、怖い。怖すぎる‥!
「なんだか疲れたから、船で休んでいてもいいですか」とガイドさんに尋ねると、
「どうぞ。構いませんよ」と言うので、ここはパスしようと決めた。
ところが、ガイドさんが海に飛び込むと、子供たちも次々と海に飛び込んだ。
「ち‥ちょっとあんたたち、行くの?!」
うさぎはゾッとした。
やめてよ〜!
皆は船からどんどん遠ざかっていく。
「待って‥! やっぱりわたしも行く〜!」
濃い藍色から顔を背け、うさぎも海に飛び込んだ。
遠くに台湾人の大集団が見える。
彼らは島と船にくくりつけた綱につかまり、一列に並んで船から島のほうへと移動している。
ああ、わたしにも、せめてああいう綱があったら心強いんですけど‥。
ところが。 水に顔をつけると、そこには信じられないような光景が広がっていた‥! 海の上から見たとき、ただ深い青一色に見えた海の中は、 水に顔をつけて見ると、まるで竜宮城のごとき賑やかさだったのである!
そのギャップに唖然とした。 色とりどりの魚たちがこんなにたくさんいるなんて、船の上からは全く想像もできなかったことだ。 暗く見えた海の中は明るかった。 なんてきれい‥。 マリンレイクやPPRの岩場近くの海の中と比べても、はるかにはるかに美しかった。 もし船に留まっていたら、この世界を知らずに終わったのか。 ああ、海に飛び込んで、本当に良かった。
ガイドさんは、島の近くまで泳いで行った。 水深の浅いそこには、色とりどりのイソギンチャクやらサンゴやらがたくさん生えていた。 きれいな魚もたくさんいる。 最高の舞台装置を得て、彼らはますます魅力的に見えた。
中でも息を飲んだのは、浅瀬から深い海へと一気に落ち込む傾斜部分である。 その海の奥行き、その立体感に、強烈に惹きつけられた。 水平にではなく、この岩肌に沿って、垂直に移動してみたいと思った。 ライフジャケットを脱ぎ捨てて、魚を追い、どこまでも潜っていきたい衝動に駆られた。
さっきまで恐怖で引きずり込もうとしていた海は今や、 その魅惑によってうさぎを引きずり込もうとしていた。