今日はシャングリラを後にしたら市内観光へ行き、そのまま本土のANAホテルに移動する。
ツアーだとこういうところが面倒がなくていい。
シャングリラのチェックアウトからANAホテルのチェックインまでの間、
荷物に煩わされることなく、
ただバスに乗っているだけでシンガポールの観光名所を一通り見て回れる。
それにうさぎが何より気に入っているのは、ガイドさんに会えること!
ガイドさんがいるから、痒いところに手が届く。
現地人のガイドさんならよりラッキーだ。
今回のガイドはウェンディさんといい、 チャキチャキした日本語でしゃべる、小柄な華僑のオバチャンだった。 本人曰く「"ピーターパン"のウェンディ」だそうだが、 彼女の場合、名が体を呈しているとは言い難い。
セントーサ島を出て、埋め立て作業地も通り過ぎると、
そこはすぐに市街地で、住宅やホテルがびっしりと立ち並んでいた。
林立するホテルの中に「トレーダーズホテル」の名を探す。
Aliceさんが泊っているはずのホテルだ。
でも彼女の最終目的地は今回ティオマン島だから、
今日はもうこの街を発ってしまったかもしれない。
道の両脇に並ぶおびただしい数の集合住宅の窓からは、
もしかしたらシンガポール在住のMarkyさんが顔を出すかもしれない。
ここは初めて来た街。なのに自分と繋がった人に会えるかもしれない街。
その距離感が不思議だ。
住宅はどの建物もきれいで立派で、どれが民間のマンションやら公団やら、
うさぎにはまったく見分けがつかなかったが、ウェンディさん曰く、
「洗濯物が干してあるのがアパート(公団住宅)」、
「干してないのが高級マンション」なのだそうだ。
確かに、ベランダから棒を垂直に突き出し、そこに洗濯物を干してある建物と、
まったくそれがない建物とがある。
高級志向の表れなのか、6年前は92%がアパート(公団住宅)住まいだったのが、
現在では85%。
減った分は、ガードマン付きの4000万円くらいするコンドミニアムに移ったのだそうだ。
うさぎなら、高級でなくていいから、洗濯物をベランダに干したいけどな。
「窓のつき方を見ると、すぐに間取りが分かるね。
ほら、あれは5LDKで140平米くらい。値段は4千万円くらいね。
こっちのは5LDK・110平米で、1500万くらいで買ってる。
でも今は2800万円になってるね。
3LDKを30年前に買った人は60万で買った。今は1200万くらいする」
とウェンディさんが、相場付きで説明してくれた。
シンガポーリアンは5〜6年で住宅を買い替え、
はじめは若くして中古を買うが、2回目は新築を買うのだそうである。
まずは安めの住宅を購入し、売買差益で広い住宅にステップアップするのだそうだ。
うーん、危ういなあ。
ウェンディさんを始めとして、
シンガポーリアンは「不動産は価格が上がるもの」と信じているようだけれど、
今のうちに日本の経済史を勉強して知っておいた方がいい。
不動産の右肩上がりを盲信することが、どんなに危険なことなのか――。
このウェンディさん、すごくお金にこだわる人らしく、
道行く車に関しても、価格付きで説明してくれた。
「ウェンディさん、車大好きだから、値段にはちょっと詳しい。
ほら、隣りを走ってるホンダ・アコードが見える?
アコードは前は20万8888ドル‥日本円で言うと1600万円くらいしたけど、
今は値下がりして900万円くらいで買えるようになったね」
って、そんなスーパーのお肉みたいに、端数まで教えてくださらなくても‥。
うさぎは、物の値段を一円の位まで教えてくれる友だちのことを思い出した。
「これいくらぐらいだった?」などと聞こうものなら、
「税込みで2079円だったわ」などと、なぜか消費税込みで答えてくれる。
‥ウェンディさんて顔まで似てるなあ、彼女に。
シンガポールは多民族国家である。
最多民族・中華系の他に、マレー系が14%、インド系が7%いる。
‥とここまでは誰でも知っているが、ウェンディさんによれば、
中華系と一口に言っても、北京、広東、海南、福建(台湾)など出身は様々で、
話す言葉もそれぞれ異なるのだそうだ。
「シンガポールの政治は客家が動かしている」、
ウェンディさんは客家(ハッカ)出身で、
その出身に誇りをかけている様子が言葉の端から感じられた。
あとで調べてみると、
シンガポールをはじめとした東南アジアの華人社会は出身地域・言葉ごとに
「幇(バン)」という独特のグループ社会を構成しており、
飲食業は海南幇、金融業は福建幇といったぐあいに、
特定の幇によって独占される職業も多いらしい。
客家は中国でも孫文を輩出した一族で、
シンガポールの名首相・リークアンユーも客家出身だそうである。
また特筆すべきは、
シンガポールには一般に言われる人口構成比に入らない人々も相当数いること。
要するに出稼ぎ労働者で、その数ざっと42万人だそうである。
総人口が300万人あまりの国にとって、その比率は高い。
出稼ぎといっても、1年や2年で本国に帰るわけでもなく、
ウェンディさんちでも、今のメイドさんと一緒に8年も暮らしているそうだ。
出稼ぎ労働者は主に
タイ、フィリピン、マレーシア、インドネシアなど近隣諸国からやってくるそうで、
最も人気が高いのはフィリピン人。
英語ができるのと、手癖が悪くないという評判のおかげで、
フィリピン人のメイドさんは月に350ドルほどの給料をもらえるという。
日本円に直せば3万円足らずだが、住み込み・食事つきだそうな。
インドネシア人のメイドさんの相場は200ドルというから、
それに比べると恵まれている。
「ほらほら、あそこに固まっている人たちが見える? あれはフィリピン人のメイドさん。
2週間に一度のお休みの日に、オシャレして街で友だちと会ってるね」とウェンディさん。
うさぎにはフィリピン人もマレーシア人も区別がつかないけれど、
ウェンディさんは一目で分かるらしい。
街のあちこちに、特定の国出身の人たちが集う場所があるらしく、
「リトルフィリピン」などと呼ばれているそうだ。
見た目は日本の都心とそう変わらないシンガポール。 だけど、街の中には日本にはない事情がたくさん隠れている。 日本人と見分けのつかない顔つきのウェンディさんも、 うさぎたちとは違った文化を秘めている。 そういうのが面白いなあ、と思った。