セントーサ島でうさぎたちを乗せ、 そのあと都心を一巡りして十数人のお客を集めた大型バスは、まず植物園にやってきた。 赤い幹の紅ヤシ、しょうがの花、ハンカチの木、 バナナの木に似たうちわのような葉をつけた旅人の木、立派な大王ヤシ‥。 入場料を支払う前から、いろいろな植物が出迎えてくれたが、そこは素通り。 植物園を全部回ったら半日かかるそうなので、今回はラン園のみの見学である。
ラン園は一周歩いても10分程度の、ちょうどいい広さだった。 色とりどりのランや、他の熱帯の花が咲き誇っている。 日本ではランといえば温室の花だけれど、 赤道直下のここシンガポールでは外気でも咲いていた。
うさぎが一番気に入ったのは、各国要人の訪星を記念して名づけられたランのコーナー。 ここに小国シンガポールの外交政策を見た思いがした。 なんせこの小国、水さえ自給できずに隣国から買っている。 外交面での必死の舵取りなくしては、一日たりとも生きてはいけない国である。
日本の皇后陛下にちなんで"ミチコ"と名づけられた、白くたおやかな蘭、
インドのファーストレディ、ウシャは赤紫の大輪、
黄緑がかった小さな花は旧宗主国の女王・エリザベスの名を冠している。
「日本のヒタチの殿下マサヒコとハナコ」。
ヒタチ‥日立? 誰じゃそれは?と思ったけれど、
随分後になって気づいた。"日立"じゃなくて、"常陸"。常陸の宮さまだ。
◆◆◆
標高わずか105メートルのマウントフェーバーでセントーサ島を遠くに眺め、 三番目に訪れたのは宝石工場。 工場といっても、長い廊下の先に案内され、ついたところは宝石売り場。 しつこい売り子さんについて回られ、 「玉髄」という名の紫色の石をさかんに勧められたが、 そんな名前を聞いたこともない宝石、何万も出して買うわけがない。 しかもこの売り子さん、日本語で話し掛けてくるのはいいけれど、 人の話を全然聞いていない。 「誕生石は何?」というから真面目に答えたのに、 しばらくしたらまた同じ問いかけをしてきた。これは売り子さん失格。 馬鹿馬鹿しくなって売り場から出、 4人で廊下のガラスにへばりついて指輪作りを見学することにした。
だけど、ガラスの向こうで作業をしている指輪職人のおじさんは、 いつまでたってもたった一つの石を台にはめ終わらなかった。 石を台にはめるだけであんなに時間をかけているんじゃあ、 人件費がさぞかし高くつくことだろう。 もっとも、ひょっとしたらこれはただの観光客用パフォーマンスで、 おじさんは来る日も来る日も一日中同じことを繰り返しているだけなのかもしれない。
◆◆◆
そろそろおなかがすいてきたのだが、まだ昼食は出てこないらしい。
一行はクラークキーに到着し、桟橋から簡単な屋根のついた風流な舟に乗った。
いわゆる「リバークルーズ」である。
136もの銀行がひしめくという世界的な金融街を流れる川をしばらく下ると、 元祖マーライオンが見えてきた。 現在は移転改装中とあって、大きなマーライオンも、噴水の小さなマーライオンも、 緑色の蚊帳をかぶり、ごったがえした工事現場に、所在なげに立っていた。
マーライオンは世界3大がっかり名所のひとつと言われているが、 これは更に蚊帳までかぶって、そのがっかりぶりもハンパじゃない。 さすがに写真を撮るほどのことでもないかな、と思っていたら、日本語の船内放送が、
どうぞカメラを取り出してマーライオン像を撮ってください
とのたまった。
こ‥これを写真に撮っても‥
だけど、善意のアドバイスには逆らえないのが日本人。 早速カメラを取り出し、蚊帳を被ったマーライオンに向けてシャッターを切った。 「まあ蚊帳に入ったマーライオンなんて滅多に見られるものじゃないし」 などと自分に言い訳しながら‥。
◆◆◆
いよいよおなかがすいてきたが、まだまだ昼食は出てこないらしい。
次に到着したのは、シルク屋だった。
バスの中で子どもたちは眠ってしまい、
「ハイ、大人は全員降りてくださいね〜!」というウェンディさんの号令を、
膝の上にチャアを乗っけたきりんも軽く無視した。
ところが、うさぎを含めた一行を店の入り口まで引き連れてきたウェンディさんは、
ハタと気づいて、頭数を数え、一人足りないことに気がつくと、バスに取って返した。
おやおや、これはどうなることやら。うさぎは興味深々に見守ったが、
案の定きりんは降りてこなかった。さしずめタヌキ寝入りでも決め込んだのだろう。
さすがのウェンディさんもきりんには敵わない。
シルク店の入り口では、妙に張り切った感じの華僑のオバサン売り子が、
ハキハキと説明していた。
「ハイッ、当店はタイシルク、中国シルク、イタリアシルク、インドシルクと、
各種取り揃えておりますッ。シルクのショーツは500円から取り揃えておりますッ。
シルクのパジャマなどもお手ごろ価格で人気がありますッ」
現地ガイドのウェンディさん、ジュディさんも含め、
中華系のオバサンたちはみなタイプが似ている。
なんだかすごく張り切っていて、サバサバした、骨の髄まで営業マンなタイプなのだ。
顔つきが日本人と変わらないだけに、その日本人とは異なる雰囲気が不思議で面白い。
バスの中では、ウェンディさんが、「運転手さんのサイドビジネスだ」とか言って、
おみやげの販売をしていたけれど、そういうビジネスをするにも、
全く悪びれないというか、勧め方に遠慮がないというか、とにかく日本人とはどこか違う。
たぶんこれは、お金というものに対する考え方が違うんだと思う。
日本ではお金のことを話題にするのははしたないとされているせいか、
セールスにもある種のてらいや後ろめたさが感じられ、
商売人さえ「買う」とか「値段」とかいう言葉を発したがらない。
ところが、中華系の人々に、そういうてらいはないらしい。
頑張って売ってるんだモン、お金を儲けるのは当たり前よ、みたいな雰囲気で、
「ジャンジャン買っていってくださいね〜!」なんてセリフを平気で言う。
こういう人たちを見ていると、
これじゃあ、華僑が世界中を席巻するわけだよなー、
こういう人たちには勝てないよなー、と納得してしまう。
頑張り屋の上にもってきて、お金儲けに対して迷いや葛藤が全くないんだもの、
これほどの強みが他にあるだろうか。
でも、そんな華僑のオバチャンたちも、
このうさぎにやたらなモノを買わせることはできない。
耳元でセールストークをしゃべり続ける売り子のオバチャンを従えて、
間口の割に広い店内を一周し、特に欲しいようなものがないのを確認すると、
うさぎはまたしても出口近くのソファに座りこんでしまった。
先の宝石店でもそうだったけれど、
戦線離脱者のために休むところを用意してくれるところが良心的である。
セールストークも、そのしつこさはさておき、
「たくさん買って儲けさせてね」という姿勢がはっきりしていること自体、タチがいい。
「売る買う」という関係を妙にねじまげ、
「みんな買うのが当たり前」的な多数決主義や、
「いいものを勧めるこのわたしの"犠牲的精神"を理解しろ」と責め立てる布教型戦術で
精神的に攻めてくる日本の勘違いセールスはうさぎを激怒させるが、
それに比べたら、この辺の店は非常にフェアだなあと思った。
ソファーには同じバスでやってきたOLさんの二人連れも休んでいた。 この人たち、宝石屋でもいち早く椅子に座ってたっけ。 こういう日本人が増えてくると、 そのうちお土産屋さん巡りのおかげで 市内観光がタダになるしくみも崩れてくるかもしれない、と余計な心配をしたりして。
◆◆◆
1時を過ぎた頃、待ちに待ったお昼の時間がようやくやってきた。
今日は飲茶。
到着したのは、パンパシフィックホテルの37階にある、展望レストラン「海天楼」であった。
なんと「2002年シンガポールベストレストラン」で金賞に輝いた店。
黒を効かせた中華風の内装が贅沢で、出てきた飲茶も非常に美味しかった。メニューは
プーアール茶
小さな甘辛い肉まん
ダンプリング(エビ)スープ
シナモンの効いた揚げ豚
揚げ春巻き
揚げワンタン
ナンプラー風味の緑のギョウザ型シュウマイ
とびうおの卵の乗った、エビのすり身シュウマイ
焼きそば
ロンガン入りの杏仁豆腐
と、なかなか豪華。
宝石屋やシルク屋に付き合ったご褒美にしちゃ悪くない。
大きなテーブルを皆で囲み、ターンテーブルの皿をつつきあったら、
同行者と仲良くなれた。丸いテーブルは人の輪を作る効用がある。