夕方、うさぎはオーチャードまで歩き、一人でフットマッサージへ行った。 信販会社のカタログから切り抜いたクーポン券を握り締め、 「ケンコー・ヘルシー・ファミリー」の支店へ。 ここは支店をいくつも持ったメジャーなチェーン店である。
タングリン通りに面したその支店は 施術室が歩道からチラリと見えるような小さな店だった。 きのう行った別系列の店と違って部屋は明るく、 マッサージ師たちもざっくばらんな感じだった。 お客が減って待ち時間になると、あるお姉さんは音楽にあわせて歌い出し、 あるお兄さんはゲームボーイをカチャカチャやりだした。
うさぎの足を揉んでくれたのは、マレーシアのマラッカから出稼ぎにきたというお姉さん。 父方のおじいさんが中国からやってきたそうで、福建語を話すという。 でも容姿からさっするに、母方はきっとマレー系。 いままで出会ったチャキチャキの華僑のオバチャンたちと比べると、 雰囲気が柔らかく、おっとりとしていた。
彼女は、お客さんをおしゃべりをするのも仕事の一部と心得ているらしく、
いろいろ話し掛けてきた。
「お客さん、日本人?
わたし日本人って好きよ。だって女の人がみなきれいなんだもの」
「きれい?! ホントに?!」と喜ぶうさぎ。
「でもわたしには中国の人の方がきれいなような気がするわ。肌とかね」
「あら、本当に日本人の女性はきれいだと思うわ」
「それはお化粧が上手だっていう意味じゃなくて?」
「ああ、お化粧も上手ね」そう言って彼女はフフフと笑った。
彼女はシッカロールをつけてうさぎの足を揉んだ。 この店ではお客に足を洗わせる習慣はないらしい。
「ねえ、シンガポールで幽霊って見たことある?」とうさぎは突然切り出した。
だってMarkyさんのサイトに書いてあったんだもの、シンガポールでもユーレイが出るって。
それで誰かに聞いてみたいとずっと思っていた。
でも彼女はポカンとした顔をして言った。
「ユーレイ‥?」どうやら言葉の意味が分からないようだ。
「そう、ユーレイ!」はっきりした大きな声でうさぎが言うと、
後ろでヒマを持て余して遊んでいた別のお姉さんが吹きだした。
そして、振り向いた彼女に中国語で二言三言説明してやった。
「見たことないわ」ようやく意味を理解した彼女は言った。
「なんでも、赤いビルってのが出るんですってよ。そういう話、聞いたことない?」
「ないわ」
あららガッカリ。
やっぱりシンガポールでも、たいていの人はユーレイなんて見ないのかしらね。
足のマッサージを終えると、前かがみになったそれ専用の椅子にかけさせられ、 彼女が肩をもんでくれた。顔のあたる部分に穴の開いている面白い椅子。 前に顔をもたせかけて肩を揉んでもらうのはすごく気持ちがよかった。
「いつ日本に帰るの?」
「あしたの夜」
「じゃあ明日の昼間も来られるわけね?」と彼女はにんまりとして言った。
「ああ、あしたは子供たちを動物園に連れて行かなくちゃ。晴れればの話だけれど」
「そう、じゃ雨が降ったら明日また来てね」
自分が熱心にセールスしているのが可笑しいらしく、そう言って彼女は自分で笑った。
うさぎは、明日マッサージに行くとしても、
こんどはもう一つのメジャー店"チョウチョウさんの店"を試してみようと思ったのだけれど、
それは彼女には言わないでおいた。
店を出ると、足が軽かった。 さすがに胃までが軽くなったとか、そういう劇的な効果は今回も残念ながらなかったけれど、 朗らかなお姉さんとおしゃべりができて、気持ちもなんだか軽かった。