Minnesota  ホストマザーに会いに

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【 28年という時間T 】

パーキンズの甘い甘いケーキ

日本人にはちょっと大味なサンドイッチと、 甘党のネネがギブアップするほどに甘いデザートと。 パーキンズで食事をしつつ、メアリーとうさぎは昔話に花が咲かせた。
「あなたが28年前に来たとき、わたしたちはどんな犬を飼っていた?」
「ゴールディよ。ゴールデンレトリバーの」
「ああ、ゴールディがいた頃! あれから何匹犬を飼ったかしら」 メアリーはシドと一緒に犬の名前を挙げて数えはじめた。

しゃべりながら、メアリーはよく笑った。 こんなに笑う人だったかしら、とうさぎは首を傾げた。

28年前の彼女は、まるでマネキン人形のように整った顔立ちの美人だった。 彼女はその美しい顔立ちを崩すことなく、 いつ見てももの静かで、いつみてもきれいだった。 性格はとても几帳面、やることなすことソツなくこなす。 容姿から何から、完璧な感じのする女性だった。

彼女はよく"Don't you〜?"というものの尋ね方をした。

「○○は好きじゃない?」
「○○はいいと思わない?」

と。 英語ではこういう問いに対して、 「はい、好きです」「はい、思います」と答えなければならない。 ところがうさぎはよく、 「ううん、好きよ」「ううん、思う」などと日本語流に間違って答えた。 うさぎが"no"と答えるが速いか、メアリーはあいわかったとばかり 出したものをすぐひっこめる。そしてすぐ別のものを出してくる。 自分の英語をやっと検分し終えて間違いに気づいたうさぎは 「あ、待って!待って! それでいいの!」と慌てて待ったをかける。 ああまたやってしまった、と自己嫌悪を感じつつ。 完璧で美しいメアリーおばさんの前で、 うさぎはいつも、チンケでおっちょこちょいな自分を恥じていた。

大きなテーブルの逆の隅では、ネネとチャアがステラとシンディと笑いながら話をしている。 メアリーがうさぎの10年先を走っているのと同じで、 彼女の娘のステラとシンディも、ネネとチャアの10年後だ。 大きなお姉さんたちにカタコトの英語で相手をしてもらって、 ネネとチャアは楽しそうにしていた。 ステラとシンディはよく笑う。 特に次女のシンディはひょうきん者で、機知を働かせては人を笑わせてばかりいる。 ――ああ、これか、とうさぎは思った。

28年前のメアリーにはまだ子供がおらず、 長女のステラが生まれたのはそれから数年後のことだった。 子供の成長を伝えるマムの手紙を読むたびに、 うさぎはその子を見守る完璧にして無欠なマザー・メアリーを想像したものだった。

でもこうして今、目の前にいるメアリーはそんな感じでは全然ない。 どこの聖母マリアがこんなに楽しそうに笑うものか。 静かに微笑むことはあっても声をたてて笑ったりはしないのが聖母の通り相場だ。 目の前のマザー・メアリーは、完全無欠な聖母というよりは、快活な肝っ玉母さんだった。 相変わらずよく気が利いて、品がよく、きちんとしてはいたけれど、 明るく楽しい人だった。 子供が生まれてからのこの25年、彼女はきっと、 快活な娘たちに楽しいことをいっぱい教わってきたに違いない。

これが28年という時間だ、とうさぎは思った。 うさぎのことを「全然変わらない」と言ったメアリー。 でも彼女は変わった。 28年という時間は、彼女の顔にシワを増やし、贅肉を増やした。 だけど、その完璧な容姿と引き換えに、彼女はもっと大きなものを得た。

誰かがおどけると、顔全体で笑うメアリー。 その幸せそうな笑顔は、遠来の客を迎えるための演技などではありえない。 うさぎはふと、はたして自分は彼女の前で、どんな顔をして笑っているだろうと気になった。

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