「明日の午前中はごめんなさいね、誰もあなた方にお付き合いできなくって。
わたしは仕事だし、マムは通院日なのよ」
そういうメアリーにうさぎはおどけて言ったものだ。
「全然構わないわ。どうせ明日は昼まで寝ているから」
レブロンハウスの女主人マーシャに、「明日の朝食は何時にいたしましょう?」と尋ねられたときも、
「10時すぎにお願いします」と答えたものの、
「ひょっとすると時間になっても起きてこないかもしれませんが、
そしたら放っておいてください」と付け加えておいた。
ところがどういうわけだか、実際にはみんな7時前には目覚めてしまった。 よく眠れなかったわけではない。 毛足が1センチもあるふかふかのカーペット、猫足のアンティーク家具に囲まれ、 手編みレースのスプレッドがかかったベッドを見たときには、 こんな瀟洒な部屋で落ち着いて眠れるもんかいな、と思ったが、 時差ぼけの初日であるにもかかわらず、うさぎなんぞは8時間きっちりぐっすり眠った。 朝方ネコのゾーイが部屋の前でニャオと小さな声で一言鳴いたときは ちょっと起きたけれど、部屋の前に両足を揃えて座っているこのニャンコに 「またあとでおいで」と言い(日本語で言ったから、彼女が理解したかどうかは分からない)、 起きたついでにトイレへ行ってかえってくると、 ネネの隣にまたもぐりこんで眠ってしまった。
そのあとゾーイは、きりんとチャアの部屋の前でまたニャン、と一声鳴いてみたらしい。 ネコ好きのチャアはすぐさま飛び起き、ドアを開けて中に入れてやり、 そのフカフカの毛皮をなでたりさすったり、抱いたりほお擦りしてみたりと、 ひとしきり一緒に遊んでいるうちに、すっかり目が覚めたという。
そんなわけで、7時半には皆揃って服に着替え、一階の食堂に下りていった。 レースのカーテンからやわらかい日の光が降り注ぐヴィクトリア調の食堂では、 すでにもう一人のゲストが食事をしているところだった。 それはアンという名の一人身の女性で、 どこだったか南のほうから看護の勉強に来ているとのことだった。
キッチンから彼女のためのトーストを持って現れたマーシャが
「おはようございます。朝食になさいますか?」ときいてくれたので、予定を変更して
うさぎたちも朝食をとることにした。
それは絵に描いたような、完璧な朝食風景だった。
かつて一度でも、こんなに優雅な朝を過ごしたことがあっただろうか。
落ち着いた色の装飾的なテーブルに敷かれた白いレースのテーブルクロス、 ラズベリーの赤さと、ピッチャーにたっぷりはいったミルクの白さ、 華奢な花柄の食器と重たい銀のカトラリー。 マーシャ手作りの甘いブランデーケーキと、コーヒーのほろ苦さ、 こんがりと焼けたトーストの香ばしい香りと、匂い立つコーヒー。 脇の小さな棚には、大草原の少女ローラの「かあさんの棚」にいつも飾られていたような 陶器の人形が置かれている。 100年前のアメリカの、ちょっと裕福な家庭の朝食風景そのものだ。 うさぎたちはアンと談笑しながら、いつになくしとやかな態度で食事に臨んだ。
そこに突然、「ギャッ!」という悲鳴。
何事かと思ったら、ゾーイがテーブルの下から逃げ出てきた。
「ああ、ゾーイ、ごめんなさい!」とアンが謝っている。
どうやら彼女、ゾーイの尻尾を踏んでしまったらしい。