日本に帰る朝のテーブルは、ほんの少しいつもと違っていた。 それは今日が土曜日だからだ。 レブロンハウスでは、週末の朝食はウィークデイよりちょっぴり豪華になることになっていた。
とはいえ、メニューにはそれほどの違いはない。 それよりもまず目についたのは、テーブルの上でいくつものろうそくが、 暖かな光を放っていたことだった。 ここで朝食をとるのはもう5回目。 どっしりとしたヴィクトリア調のテーブルで、 レースのテーブルクロスにしみをつけたりパンくずを散らかしたりしないよう 優雅に朝食をとるのにもそろそろ慣れた。 いつの間にかこのテーブルにつく時間も8時と決まり、 毎日同じ時間に階段を降りてきては、同じ時間をかけて食事をし、 それから子どもたちは決まってピアノを弾くのだった。
ここの女主人のマーシャが、料理を運んできがてら、 「今日ご出発ですね。寂しくなります」と言った。 「あなたがたはわたしにとって初めて家族連れでいらした日本のお客様なんですよ」
「いつからこのレブロンハウスを経営しておられるの?」うさぎが尋ねると、
「5、6年くらいでしょうか」とマーシャは答えた。
「夫とわたしは、ここでビジネスを始めるために、この家を買ったのです。
この家に飾られている古い写真は、夫とわたしのおじいさんやおばあさんの写真ですけれど、
家はわたしの先祖が住んでいたものではありません。
2年前、夫が他界してしまい、娘と二人でここを切り盛りしてきましたが、
その娘も昨年、テキサスへ行ってしまいました。
わたしもね、来年あたり、ここを売って、ピスコに入ろうと思っているんですよ」
「ピスコ?」うさぎは聞き返した。
「ええ、海外協力隊(peace corps)に入ろうと思っているんです。
わたしはもともと看護婦なんですよ。
世界のどこか困っている国へ行って、自分のできることをしたいんです」
うさぎはちょっとびっくりした。 そういうボランティア活動に入るのは、 若い人だけだと思っていたからだ。 子どもを育て上げ、夫を看取ったあとの人生に、 そんな選択肢がまだ残されているとは思ってもみなかった。
けれどもうさぎは、その彼女の決断に尊敬の念をいだきつつ、 本当言うと、ちょっと寂しかった。 またいつか、ここへやってきたとき、 100年の時を経てきたこの家が変わらぬ姿でここに建っていて、 玄関のベルを鳴らすとマーシャが変わらぬ姿で扉をあけてくれるような気がしていたから。 昨日ノースブランチへ行って、 時というものがいかにものごとのありようを変えるか見てきたはずなのに。
「あなたがここを売ってしまわれた後も、
ここはベッドアンドブレクファストであり続けるかしら」うさぎは尋ねた。
「そうだといいですね。
わたしの前の持ち主もここでベッドアンドブレクファストを経営していたようですから、
次の持ち主もそうするかもしれません。
わたしはこの家に関われたことを、誇りに思っています。
いつまでもこの家が、良い状態で保たれることを願いますわ」
「ええ、わたしも」
うさぎも心から言った。